「ちょ、ちょっと待って!!止まって!」

我に返って、冷静になってくると歩く速さについていけんくて、足がもつれそうになって何度も転けそうになる。

「あ、ごめん」
「いや、別にいいんやけ…いいんですけど、そんな引っ張らなくても大丈夫ですよ!ちゃんとついて行きますから!」

思わずタメ口になった言葉遣いを敬語に変えた。
意外にも冷静なあたし。繋いでいた手も離して、少し離れて歩くTAKAは連れてきたにもかかわらず少しもこっちを見ようとせえへん。

やっぱりあたしと圭ちゃんを間違えたんやと思う。冷静になって考えても、このあたしがさっきまでライブをしてた人気バンドのボーカルに誘われるわけがない。
え、夢なん?あたしの頭大丈夫?とか考えながら、我ながらアホらしい思考に思わず溜息が出た。

「敬語」
「はい?」

突然、話し出したと思ったら、たった一言。

「敬語、遣わなくていいから」
「え、あ、はい…あ、うん」

びっくりしすぎて、変な返事をしてしまった。
一般人のいちファンのあたしに敬語使わんくていいって言ってくれたことに驚いた。
かなり失礼やけど、アーティストってもっと自己中心的な人間かと思ってた。今のTAKAは特に。

そんな事を考えてたら歩く距離も徐々に離されていく。
無言、この距離感、ノーコミュニケーション。これって何の時間なの、と思いながら、やっぱり無言で歩き続ける。

「ちょっとくらい話したってええのに」

ボソっと呟いてみる。だって、あたしが誘ったわけじゃないし、手を引っ張ってここまで来たのはTAKA。だから少しくらい不満言うても怒られはせんでしょう。

「コンビニ」
「はい?」
「だから、コンビニ寄るって言ってんの」

立ち止まる先にはコンビニ。ぶっきらぼうな言い方でさっさと入っていってしまう。
もしかして、聞こえてた?ちょっとビビってしまうあたし。
恐るべし、歌手。地獄耳・・・いい意味で。

出てきたTAKAと目が合ったからニコっと笑ってみた。
別に聞かれてたからって機嫌をとるつもりでしたんじゃないけども。

「・・・」

きた、無反応。

「どっか行きたいとこあんの?」

また、反応なし。

実はあたし、こう見えてとっても短気で、意味のない“無視”とか大嫌い。だから、あとのことを考えずにスルッと言うてしまった。

「無視し続けるわけ?」

振り向いたTAKAを見て、我に返った。
これはヤバい。スルッと出た本音に無表情であたしを睨んでいた。

いくら短気やからって、気にくわんかったからって今の発言は言うべきじゃなかったのかもしれん。
だって相手は人気バンドのボーカリスト。一般人のあたしが文句言ったら、一瞬で“じゃあ、バイバイ”って言われてしまう。
間違いでも一緒に歩いてきてるのに、これで怒らせて帰ってしまうのかと変な汗が背中をツーッとおりてゆく。

「悪い。てか、お前ってそんな感じなんだ?」

怖くて目を逸らしてたから、声色に驚いて思わず顔を見た。さっきまであたしを睨んでいた顔が一変してクスクス笑いながら極上スマイルに変わる。口元を隠して、笑い声を抑えながら笑ってる。

笑ってるし怒ってないんやろう。右手はポケットにつっこんだままやけど左手があたしに向かって“おいでおいで”をしてる。
あたしに“来い”って言ってる?
極上スマイルからの“おいでおいで”に顔がにやけるのを必死に抑えて隣に並んだ。

「なんで笑うん」
「いや、見た目どおりだなって思って」
「どういうこと?」
「ずっと黙ってたけど、ちょっと観察してたっていうか。なんか気が強そうな女だなーって思ってたんだよ。んじゃ、本当だった」

なんとなくだけどな、と笑った顔にドキドキする。雑誌やテレビ番組、ライブの一瞬でしか見たことない笑顔。

「嫌になったとか?」
「いや、それでいいと思う。面白いし」

次は視線が合ってドキドキする。
隣に立って、ファンの壁越えて、あたしに向けられた笑顔が見れた。

もう全てが理由になってしまう。
この一瞬一瞬は本当に奇跡だ。これ以上にない時間を過ごしてる。

返事しないあたしを横目で見たTAKAは笑いながらそう言うけど、今のあたしには図星・・・でも笑ったときにできる目尻のしわが可愛いな、とか思ってしまう。
てか、本気で妬いてるって言ったらどう思うんやろう。

「別に」

色々思うけど、結局、素っ気ない返事を返してしまう。
ほんま最低なファン。言ったあとの後悔の嵐で収めようがない。
後悔してるのに、「なぁ、あたし帰りの電車なくなるんやけど」とか自分から“帰りたい”って言うような言葉しか出てこん。

「そうなの?」

そうなの?って。
お前の話なんて聞いてませんって感じ。こっちを振り向くこともない。
もうどうにでもなれ、とトボトボ後ろをついてくと急に引かれた腕。

「腹減ったから、ここ入ろ」

TAKAが指さした先は牛丼屋。
別に抵抗ないけど、夜中だし。でも女の子を連れて牛丼ってどうなんやろう。
心の中で問いかけてみるけど、お洒落なお店って柄でもないし、一緒にご飯を食べるには十分な場所なのかもしれん。

普通にカウンターに座って適当に2人分注文しちゃってる。しかも、あたしの席は当たり前やけどTAKAの隣。
なんたって肩が近すぎ。

なんか、“友達”みたい。もう完全にファンの域ぶっとんで地元の友達化してる気がする。
正直、ドキドキなんてほとんどない。いや、最初からほぼ無かったけど、牛丼がきたらお箸を渡してくれる。
お腹が空いてたのか思いっきりほおばっちゃって「あ~、うまいわ!」って幸せそうな顔してる。
あたしも食べ始めると「うまいだろ?」って可愛い顔で笑いかけてくれちゃって。改めて、笑顔が可愛いなぁって思ってしまう。

「お前、牛丼似合う」
「あんまり嬉しくない」
「そうか?美味そうに食うし」
「そりゃ、美味しいから」
「ははっ」
「笑わんといて」

顔をくしゃくしゃしながら声を出して笑う。牛丼が美味しいなんて安い女だと思われてしまったかもしれない。そんな思いも笑うTAKAを見て消えて、ちょっとドキドキしてしまう。

人生で初めて神様に感謝した。
こうして並んでいられること、一緒の時間を過ごせていること、隣に座って何気ない話ができること。
今感じる全てのことで一生分の幸運使い果たした気分。