時間は24時を過ぎた。
綺麗なお兄さんやお姉さんが何人も通り過ぎ、時々声をかけられ引きとめられる。

もちろん、あたしにじゃない。声をかけられているのは、あたしの隣で歩く彼。
笑顔、とまではいかんけど、一瞬だけ笑顔で対応してサラリとかわす。そして、声をかける人はあたしが隣にいることに気付いてない。

「今日はツレと来てるから」

そう言うと、だいたいのお姉さんが“その子が?”みたいな顔をして離れていく。その度に溜息を吐いてるあたしに寄ってくるお姉さんも前を歩く彼も気付いてない。

ほんまになんなん、今日は。
落ちては浮上して、浮上したと思ったらその倍落とされる。このままずっとこうなのかと思うとさすがに辛い。
腕時計を見て、また溜息。

「あの、帰りの電車なくなるんやけど」
「そうなの?腹減ったから、ここ入ろ」

入った先は牛丼屋。別に抵抗ないけど、普通は初対面の女の子を連れて入ったりせんやろう・・・また、ため息が出た。




――6時間前
大好きなライブを見に行くために電車に乗ってた。待ちに待った全国ツアーやったから、ほんまにウキウキして音楽プレイヤーでずっと曲を聴いて予習してた。

――5時間前
友達の圭ちゃんと合流してライブ開演。大好きな声と音楽に包まれて、一緒に唄って飛んで汗が流れるくらい盛り上がった。

――3時間前
ライブが終わって、夕食を食べてた。圭ちゃんと今日のライブを思い出しながら話してた。また行きたいなって話してた。

「そろそろ帰るかぁ」
「うん、話しまくってだいぶテンション落ち着いたし。ええ電車あるかな」
「いつ乗っても今の時間は多いって」
「そっか。・・・あぁぁ?!」

何気なく触った胸元にあるはずのものがない。いつも大事にしてて片時も外した事ない、お母さんに貰った大切なもの。

「ネックレスがない!!」

2時間前、ついさっきまで跳んで跳ねてしてたライブハウスに、ずっと身につけてたネックレスを落としたことに気が付いた。
ライブハウスで落としたんやと思う。わからんけど、とりあえず思い当たる所から探すしかなくて、圭ちゃんに謝ってライブハウスに戻った。
事務所の人に伝えたら探していいって言うてくれたから中に入ると、さっきまで唄ってたメンバー全員が集まってた。

一瞬大声で叫びそうになったけど、なんか楽しそうやったしファンが戻ってきてキャーキャーされても迷惑がられると思ったから、黙って静かにドキドキしながら、たまに横目でチラチラ姿を確認しながら探してたら、その中の一人があたしに近付いてきて「コレ、探してるの?」と小さなリングとシルバーのチェーンを手渡してくれた。

「あった!」

小さな誕生石のリングが付いたネックレス。お母さんからもらった大切なネックレスが飛んだり跳ねたりして前の人や横の人に挟まれて、ちぎれて落ちてしまったんやろう。
絶対見つからんと思ってたから、手のひらに置かれたネックレスをぎゅっと握り締めたら、ホッとして長い息が出た。

「切れてて繋げようとしてたんだけど出来なかった。ごめんね」

お礼を言おうと顔を上げると、その人は優しく笑って「大切なモノならなくしちゃダメだよ」って言ってくれた。
お礼を言わなあかんのに、そこであたしは思わず停止してしまった。

それもそのはず、目の前にはさっきまで目の前でライブをしてたドラムのSATORU。長身で、笑うと目がなくなっちゃうくらい細い目。目尻にしわがはいってふにゃって猫が微笑むように笑う。
心臓が止まりそうなくらい高鳴って、時間が10秒くらい止まった気がした。

「涼?なにしてん・・・って、えぇ?!」

思考停止してたあたしが圭ちゃんの声で我に返ると、圭ちゃんは目を見開いて駆け寄ってくる。
思ったら即行動の圭ちゃん。サインを求めたり握手してもらったり、今までにないくらいの凄まじい勢いで話しかけてた。長年付き合いのあるあたしでも見たことないくらいの勢いやったから、ちょっと引くくらいやった。

思考停止してたあたしもそんな圭ちゃんを見てたら、だんだん状況に慣れてきてメンバーと緊張しながらも話した。
ライブの感想だったりファンだって事を伝えたり、これからも応援してるってことを今出し切れる言葉で伝えた。

ひとしきり話すと最後に“今日はこっちで休んで早朝から移動”と教えてくれたから、あたしたちはこれでお邪魔します、と挨拶した。
SATORUさんにもう一度ネックレスを見つけてくれたお礼を言うたとき、「今から遊びに行かない?」とベースのKYOHEIが圭ちゃんを誘ってた。

相変わらず圭ちゃんはモテる。あたしの友達の中で一番可愛い圭ちゃん、一番モテる圭ちゃん。
綺麗な切れ長の目に、すらっとした手足。隣で並ぶことにちょっと抵抗あるけど、持って生まれたモノは変えようもなく、でも好きやから一緒にいたいし、見た目の話についてはどうしようもない。

圭ちゃんがいつものように「これから彼氏との約束があるから」と断ると、KYOHEIは残念そうに大人しく引き下がった。
これもいつものこと。というか、KYOHEIが本気じゃないだけやろうけど。
圭ちゃんは中学のときから付き合っている彼氏がおる。優しくて、ちょっとガリ勉なところがあって、素直で、同期やのに大人っぽい雰囲気を出してる“謙吾くん”がおる。

あたしたちは少し離れて、「これからも頑張ってください。応援してます」と言ってライブハウスを出た。
バンドのメンバー達もありがとう!と飛び跳ねながら言ってくれて元気やなぁって思った。

「圭ちゃん、相変わらずモテるな」
「今回は嬉しかった~!でも、うちには謙吾がおるし」
「圭ちゃん可愛いし!ほんま羨ましいよ」
「モテたって好きな男に愛されんかったら一緒」
「謙吾くんが愛してくれてるって自慢か?」
「そう!だからうちはKYOHEIに魅入ったりせんってことぉ」

あたしはどこの誰より涼が可愛いけどね、と頭をなでて、それで足りなくなったのかハグまでしてくれる圭ちゃん。可愛くて、優しくて、ほんまに大好きすぎる。

圭ちゃんとあたしは緊張が切れて、駅までの住宅街を歩いているにもかかわらず騒いでた。
ライブで唄ってた曲を一緒に唄って騒いで、可愛い笑顔の圭ちゃんの横顔を眺めてると、突然腕を引っ張られた。

「なに?!」

ビックリしたけどテンション上がりすぎてたからか、誰よ?!とちょっとイラっとしながら振り向いた。
さっきまで一緒の場所におったと思われる、バンドの最大の魅力であるボーカルのTAKAが息をきらして立ってた。

「・・あんたは?」
「な、なにが?!」

突然のことにびっくりしすぎて混乱して思わずどもってしまう。

「だから、あんたはどうなの?」

TAKAの呼吸が落ち着いていくのを見て、あたしも徐々に落ち着いてきたら冷静になった。冷静になったけど、それでもいまいち理解できず首を捻った。

「あんたはこの後、用事あるの?」

用事あるの?とか聞いておきながら目が全然合わへん。どっちに話しかけてんのかもわからへん。それに比べてSATORUが話しかけてくれたときはドキドキしたのに、ナイスボイスのTAKAに緊張すらせえへんのはこの態度のせいなんかもしれん。

「いや、ないけど・・帰るだけやし」

腕を掴まれてるから思わずあたしが答えて、その間に圭ちゃんと目を合わせる。圭ちゃんは口角をあげて、なんでかニヤニヤと笑ってた。

息が上がってたせいで、あたしの腕を握ってない手は自分の膝に手を置いてるTAKA。次に出る言葉を待つ一瞬、少し緊張した。
短く息を吐いて、ピタリと止まり、スッと顔を上げた。その瞬間はドキリとした。

「じゃあさ、俺に付き合ってよ」

バッチリ目が合った状態で言われた。こんな体験、初めてやったから頭の上にハテナが飛び散る。

「あの、あたしは圭ちゃんじゃないけど?」
「は?俺はあんたに聞いてるんだけど」

まだ目が合った状態で眉間に皺が入る。それを見ても何も答えられんまま、唖然としてしまう。

そんなあたしが我に返ったときにはあたしと手を繋いだままTAKAが前を歩いていて、一緒にいたはずの圭ちゃんがおらんかった。