「あらあら。涼ママ、お呼びよ~」

ナズの楽しそうな声。
悟は「可愛い泣き声だね」と笑ってるし、サラは「お腹が空いてるのかもしれませんね」と母親らしいコメントを述べる。
なんもわからん俺は一番遠くにいながら、ちょっと焦ってる。

子供が苦手な俺は泣き声だけでも戸惑う。
そういう存在が傍におらんかったっていうのもあるやろうけど、杏のときも泣く度に距離をとってたような気がする。

どうやらお腹が減って泣いてるらしい青山家のチビは涼が抱くと少し落ち着いたように見えたけど、腹の減りには勝てんらしく引き続き大号泣を続ける。

「あ~はいはい。準備するから、ちょっと待ってな。あ、涼介!野菜切ってるんやけど続き頼んでいい?」

リビングから出る直前に顔をこっちに向けた涼がそう言うから「おう」と返事をしてしまった。
それを聞いた涼は「ありがとう」と笑顔でチビと一緒にリビングを出て行く。

「あんずもいく!」

涼が出て行ったのを見てから、俺の膝の上から飛び降りた杏は行き先を知ってるんかリビングから出て行った。
そんな杏に「邪魔しないでね」と言うだけのサラ。
そして、その後、俺を見た。

「お疲れ様です、涼介くん。そういえば、ちーちゃんはもう見ました?」

もう見たか?って自分らむっちゃ群がってたやん、と思いながらも「ちーちゃん?」と返事した。

「正確には“千秋ちゃん”です。ナリくんと涼ちゃんの子供ですよ!」

自分の子供のことのように嬉しそうに話すサラの心境がよくわからん俺は「そうか」とだけ返事して涼の作業を引き継いだ。

「涼介、ごめんな!」

数分後、杏と二人…いや、涼の腕の中で機嫌良くしてる千秋と三人でキッチンに戻ってきた。

「いや別に。で、そっちは?」
「うん、かなり助かった!ごめんなぁ?ほんま急に投げ出したりして。で、今度はこっちなんやけど、千秋抱いててくれる?」

俺の言葉を遮って喋り続けたあと、次は自分の子供を俺に預けようとする涼の神経に驚いた。
というのは半分ほんまで半分は本気で戸惑った。

だって、こんな産まれてすぐの子供を抱いたことない。
それに、涼と高成の子供。
それに女の子。
それだけで俺は気がひける。

「無理。落とすぞ、俺」
「無理じゃないよ。てか、落とさんように努力して」

あたし忙しいんやから、と無理矢理俺の腕の中に連れてくる。

違うよ!ちゃんと首支えなきゃもげる!体も支えて!と散々言うた挙句、俺の腕の中に移動してチビ・・・千秋が「うー」と言いながら笑った。

「可愛いやろ?」

涼が我が子の笑顔を見てから俺を見る。
俺はうんともすんとも言えんくて、黙ったまま千秋の寝顔を見てた。

今は目を瞑ってるから目の形まではわからんけど、鼻は高成にそっくりで綺麗に筋が通ってる。
唇は少し分厚く、自然にひよこ唇になるところが涼にそっくり。

「千秋、ちょっと目開けてよ。ほら、涼介来たよ」

すやすや気持ちよく寝てんのに頬を突いて起こそうとする涼に「やめろよ」と言うものの、涼はやめることなく起こし続け、唸りながら起きた千秋は瞬きをしながら目を開けた。

「ほら、見て!高成にそっくり!」

涼は目を開けた千秋を見ながら嬉しそうに言う。

確かに高成に似た綺麗な目をしてる。
どうやら女の子が父親に似るというのは実際にあるらしい。

「絶対美人になるで。むっちゃモテたらどうしよう?!」

まだ産まれて間もない子供の未来を想像してニヤニヤする涼の気持ちは理解できんけど、母親が納得したことを理解したんか再び目を閉じて寝入った千秋は寝息を立ててる。
空気の読める子供で夫婦喧嘩もコイツが仲裁するんやろうと思ったらなんか笑えた。

「モテたら涼介も大変やな~うちの子は倍率が高くて手に入れるのは困難かもな~」

腕組をしながら面白そうに言う涼に「アホか」と返事を返してみたものの、内心ドキッとしてしまった。

俺の大切なメンバーであるナリとその嫁兼俺の心のオアシスである涼との間に産まれた子供である千秋。

俺が千秋を可愛く思わんわけがないし、悟んとこや京平んとこの子供より断然可愛く思うやろうし可愛がるやろうと思う。
涼が想像してる以上に俺は千秋を可愛がるやろう。
自分が親やと勘違いするくらい、本気で可愛がるに違いない。

それは涼が言うような恋愛感情じゃないし、そんなことがもし血迷ってあったとしたら、それはそれはバンド解散の危機に陥るくらいの事件に発展するやろう。

そんなことを考えながら、ひたすら俺を無視して話し続ける涼を見上げた。

「ん?どうした?」
「料理、続きしたほうがええんちゃう?」

俺がそう言うとハッと思い出したように「ほんまや!千秋見ててな」と言いながらキッチンに向かった。

そんな涼の背中を見て、腕の中の千秋を見て、“お前も苦労するんやろな”と心の中で問いかけると「ゔぅ」と返事をした。