「ちょっと!!女の子に全部込みで1時間で来させるとか、ありえんから!」

どうやら走ってきたらしく、少し額に汗を滲ませてる。
先に席に着いて待ってた俺の前に座って、やってきた店員にこの寒い季節にアイスコーヒーを頼んだ後、あがった息を整えるのに2、3回大きく深呼吸する。
その姿に笑えてくる。

「何笑ってんのよ!!」

あたし朝ご飯食べてきてないんやで?!とデカイ声で喋る。
ここではそれが普通でも向こうではちょっとうるさい。

携帯で電話してるときに声漏れするのは関西人の特徴やと勝手に思ってるけど、それもここのええとこで、俺がコイツを誘う理由。

「なんか食べるもん頼めば?」
「当たり前!だってオゴリやろ?」

意地悪く目を細めて笑うその顔が単純に“可愛いな”と思う。
可愛いっていうか、つられて笑顔にさせられるっていうか、こう…周りを笑顔にさせる力があるってヤツ。

オゴリとか厚かましい!って思っても許してまう難儀な魔法。
だから仕方なく、「何でも食え」と言ってしまうのが俺の悪い癖で、甘いところ。

「で、今日は普通に帰省?」

アイスコーヒーを吸い上げた後、メニューを開き、いつも通りのセリフ。

俺が休みなのは言わんくても知ってる。
なんたってうちのボーカルと付き合ってんやから。
俺の職業も、夢も、性格云々も話さんくてもわかってくれるから、こっちに帰ってきて他の誰かとおるより、コイツと一緒におるほうが楽。

「まぁ、さっきこっち着いたとこで、どうせ寝てると思ったから起こしたったんや」
「どうせって何よ!」
「いつもの事やん」

横目でキッと睨まれて、傍を通った店員を呼び止めてチョコレートケーキを注文する。

子供みたいな拗ね方。
それもいちいちおかしい。
コイツこういう部分が俺のツボにハマる。

「明日か?」
「ん?」
「ナリが来るの」
「うん」

遠恋カップルは難儀なモンで、休みが合わんと会えんらしくて、必死に休み探して合わせて時間作ってる。

傍から見てたら「大変やなぁ」って思うけど、コイツらにはコイツらなりの考えがあるんやろうし。
まぁ、部外者の俺が首突っ込む話でもない。
隣で行きゆく人を眺めてる横顔を盗み見ながら、そんな事を考える。


コイツらが付き合い始めて全員で会ったときから、なんとなくやけど“コイツとは気が合うな”と思えた。
最初こそイライラしたけど、雰囲気とか、表情とか、知れば知るほど俺の好みというか、タイプというか、一緒にいて楽なヤツって思えるようになった。

それが“ナリの女”って、ちゃんと理解した上での事やし、互いにその気がないのは互いでわかってる。

まず、俺にコイツらの仲を割ってはいる余地なんか隙間ほども存在せえへん。
それは俺も他のメンバーも全員が知ってることやし、とにかくナリがベタ惚れの時点で他のヤツは一切手出しできん。
...するつもりもないけど。

コイツがナリのことを名前で呼んでるのを聞いたときは“本物やな”って思った。

ナリの女を何人も見てきたけど、どう見たって女がナリにまとわりついてるって感じ。
ナリが女を気遣うようなことも、鳴り続ける携帯を取ることすらなかった。

そのナリが4年も待ち続ける女がどんなヤツか興味があったのは嘘じゃない。
実際会ったところでビックリしたのは、そのへんにおる普通の女となんら変わらん女ってこと。
でも、理由はすぐにわかった。

人を惹き付ける変な力を持ってる。
なんつーか、癒し系?とかそういう感じ。
特にベタベタと媚びることもなくて、でもナリのこととなると強がりで、実際は寂しがり屋っていう見た目によらず女っぽいところとか。

簡単にいえば“構いたくなるタイプ”の人間で、誰からも愛されるんやろうなって感じ。


「ナリに俺と会うって言ってんの?」

別に初めてじゃないし、もう両手で足りんやろ!ってくらい呼び出してるけど、そこんとこは気になる。
というか、ナリにバレて怒られるのは俺。
やましいことなんか何一つないけど。

「んや、言うてない」
「あ、そう」

内心ほっとする。
でも動揺がバレんように安堵の溜息すら飲み込む。

「でも、最近なんか言うたかも?」
「なんて?」
「最近、涼介の帰省が多いって。なんか聞いてないかって」

・・・確実にバレてる。
絶対バレてる。
口に出してなかっただけで全部見透かしてる。

やっぱりナリは侮れん。
よう人間観察してる。

俺が帰省する理由なんかコイツに聞いたってわかるはずないねんから聞くこと自体がおかしいのに、そこで敢えて聞くあたりがナリらしい。
腹黒さが出てる。

「別に何も聞いてへんよって言うといた」

コイツもコイツで無意識なんやろう。
その返事やったら、どっちでも取れる。
まぁ、どっちみち拷問受けるのは俺。

そんなことも知らんとコイツはケーキを綺麗に平らげて満足そうに両手を合わせて「ごちそうさまでした!」と笑う。