「山崎さん、どうも」



振り売りの屋台に座る男性に、失礼します、と手振りをしては微笑む。

何を隠そう、この夜鳴きうどん屋を営んでいるのは、協力をお願いしていた山崎さん。


無理を承知で願い出たところ、自らかって出てくれた。

ありがたいことだ。


すると山崎さんは、「ちゃうちゃう」と言うように首を横に振った。



「今日はうどん屋の“ケンキチ”や。よろしゅうな」


「はは!なんだそれ、すごいや」


「ここはなりきらへんとな」



山崎さん――いや、“ケンキチ”さんはさすがだった。

仕事でもないのになりきって、周囲に溶け込もうとしていた。


――となると、まさか。

そう気になって、“本当に”なりきっているのか、問うてみることにした。



「うどんも出せたりします?」


「もちろん!」


「こりゃあ驚いたな。じゃ、いただきます」


「へぇっ」



申し訳ないくらい、さすがだ。

町に紛れるのがうまい。


これからの密会を唯一目撃するわけだ。

そこも抜かりないとは思ったけど、形式上言うことにする。



「今日のことは……」


「俺も野暮はせえへん。言われなくとも承知のことです」


「……ありがとうございます」



ケンキチさんはやはりそうとだけ言うと、茹でたうどんの湯を切った。


おそらく彼は妃依ちゃんのことを小耳に挟んでいるはずだ。
どう聞いているかは分からないが。

左之助達や尾形さんでもよかったけど、客観的に見てくれそうなのは、妃依ちゃんを遠巻きに耳にしている人物。

だからこそ、今夜の密会には彼しか適任がいなかった。