「もうホントに緊張したんだってばぁ〜」
朝、一年生の下駄箱でそんな声が私の耳に届いた。よく通る声だからだろう。
「甘いもの食べられる?って、聞くだけなのに…心臓破裂しちゃうかと思ったよ」
声の主は可愛い子だった。あの子には見覚えがある。毎朝同じ車両に乗っていて、ポニーテールが印象的な子だ。
そっかぁ…。あんなに可愛い子でも、やっぱりバレンタインを渡すのは緊張するよね。
何だか、勇気貰ったかも。
クスリ、と零れた笑みを手で隠しながら、人をかき分け下駄箱を抜けていく。
ふと、その子の鞄にぶつかってしまった。
「あっ、ごめんなさい」
半身を彼女に向けて謝った。人が多いため下駄箱ではあまり身動きが取れない。
「あぁ、いえいえ」
彼女は小さく微笑んで「北野高校野球部 水川」と刺繍された鞄を持ち直す。うん、やっぱり可愛い子だ。先程芽生えた勝手な仲間意識により、彼女をやたらと評価する。
私はもう一度小さく会釈をして、その場を立ち去る。
上手くいくといいね、お互い。心の中でそう呟き足取り軽く教室へ向かった。