「わっ、日野さん?ビックリした…。

珍しいね、こんな遅い時間に居るなんて」


階段を上がったところですぐに立っていた私に驚いた山崎くん。いつもと比べて元気がないのは一目瞭然だ。


「うん。山崎くん待ってた」


すっごく長い間ね。


「え、俺?」


彼は面食らった顔をする。


「うん。渡したい物があって…。

手、出してくれる?」


山崎くんは怪訝そうな顔をしながらも右手を出した。


「あ、両手」


私に言われるまま左手も揃えた山崎くん。ますます怪訝そうな顔をしている。その上に、私はあるものを落とした。


ばらばら。


山崎くんの手には小さな袋がたくさん溢れる。


「えっ、わわ」


零れるそれを、山崎くんは必死にキャッチする。自分の手の中に収まると、彼はそれが何か気づいたようだった。


「え、これもしかして…」


彼は顔を上げて私を見る。


「あげる。「隠れ家カグラ」の飴。

コンビニで売ってたから」


これが、今の私の精一杯。バレンタインという特別な日に渡すチョコレートでも何でもなくて、ただ同志の間のちょっとしたプレゼント。


私は精一杯の笑顔を作って言った。


「好きだったよね。隠れ家カグラ」


彼は目を瞬かせながら「うん」と頷いた。


どうしていきなりこんなものを渡されたのか、分かってないんだろうな。目がまんまるだ。


そんな彼の様子も愛しくて、だけど苦しくて…目頭が熱くなってくる。


「じゃあ、また…ね」


彼と同じ空間に居られるのも限界になって、階段を駆け下りた。


ごめん、麻衣。私、渡せなかった。


トイレに駆け込むと堰が切れて、私の目からは滝のように涙が流れた。