あぁ、また今日が終わってしまう。
私こと、日野楓子(ひの ふうこ)は夕焼けを見て思った。
教室の窓から見えるその景色は、毎日同じことを繰り返す私とは裏腹に、いつも違う色を見せてくれる。
「はぁ」
虚しくため息を落としてみても、教室には誰一人いない。遠くから部活動の声が聞こえるか、近くの住宅街からやって来たカラスの鳴き声がするくらいだ。
また今日も話しかけられなかった。
がっくりと頭を垂れて、頭をかきむしった。マフラーに顔をうずめて唸り声を漏らす。
「何日こんな事繰り返してるんだか…」
呆れた自分への言葉はマフラーの中へと消えていく。
私は顔を上げた。黒板の右端に『2月10日(月)』と書かれている。それを見て、私は今日友達がしていた会話を思い出した。
お弁当を食べ終わった後で、どこのグループも雑談等をしていた時だった。
私達のグループは四人で、そのうちの一人が口を開いた。
「ねぇ、バレンタインどうする?」
少しつり目の瞳が印象的な麻衣(まい)が、私達を見て答えを求めた。
「うーん、めんどくさーい。私は買うかなぁ〜」
一番先に返事をしたのは、麻衣とは対照的に目尻が垂れている早百合(さゆり)だった。
それに続いて、色素の薄い瞳を持った杏(あん)が答える。
「私は…貰ったらホワイトデーに返すかなぁ」
「ふーん…楓子は?」
「えっ」
杏に向けられていた麻衣の目が私に向けられた。まさか自分に回ってくると思っていなかったので少し反応が遅れた。
「私は、仲いい子の分とちょっと余分に作って、予想してなかった子から貰った時に余分を渡す。みたいな感じかな」
実際にそうしようと思った訳では無いが、それが今までのスタイルだったので取り敢えずその事を伝えた。
麻衣は頭を抱えて少し悩んだ素振りを見せる。
「どうしたの?」
私が問いかけると、彼女は頬杖をついて話し始めた。
「うーん…私はね、このメンバーに渡すのは確実なんだけど、男子に渡すべきか迷ってて」
「あ、同じ部活の人とか?」
杏が首を傾げる。
「そう。あと、同じクラスの人」
「私達のクラス、あんまり男女で話さないから渡すべきかあよふおねぇ」
早百合が語尾を欠伸交じりに喋ったため聞き取りにくかったが、発音で言いたい事は何となく分かった。
「そうなんだよねぇ…。だけど、この十ヵ月同じ教室で過ごしてきた人達だから全く無関係って訳でも無いし…」
麻衣も言わんとすることは分かったのか、聞き返すこと無く返答する。
「麻衣は律儀すぎるんだよ〜。もっとフラットに考えればいいのに」
顔の前で手を降りながら杏が言った。
「そうかなぁ?」
口をへの字にする麻衣を横目に、私はある人物を思い浮かべていた。
一年間のお礼であの人に渡してみるっていう手も、ありなのかもしれない。毎朝教室で会うんだしその時に…。
ちらりと浮かべた妄想に鼓動が早くなった。
無理だ!無理無理無理!そんな人前で渡す勇気なんて、私持ち合わせてなかった!