…わぁ、凄い。三十分前の電車に乗るだけでこんなに空いてるんだ。


いつもと全然違う人の数に、私は辺りを見渡して閑散とした座席に座った。そして、ブレザーのポケットから手鏡を取り出し開いた。


そこには疲れた表情をした私が映っている。特に目の下のクマが凄い。これは自業自得と言うべきか、朝目が覚めた時に分かりきった事だった。


昨日の夜、私は一つの傘に一緒に入っていた二人の姿が忘れられず、なかなか寝付けなかった。目を閉じても思い浮かぶのは二人のことばかり。寝返りを何度も繰り返し、ウトウトし始めた頃いつの間にか鳴り出したアラームに起こされた。


寝た、という表現ができるのかは分からないが、とりあえず睡眠不足に変わりはなかった。


手鏡を閉じ、ポケットに戻す。それからもう一度辺りを見渡した。電車は既に動き出していて、乗客は皆ゆらゆらと揺られている。


今度はスマホを開いて時刻を確認した。「7:08」と表記されている。だからだろう、閑散とした座席にぽつぽつと座っている乗客は皆目を閉じていた。


私もそうしたい気分だったが、目を閉じるとどうしてもあの二人のことが浮かんでしまい、出来ない。


それも何となく分かっていた私は、何をする訳でもなく、ただ車窓から流れる景色を見つめて目的地に着くのをただ待った。


考えたくなかった。彼らがどうして相合傘をしていたのかも。私が本当に彼にお菓子を渡せるのかどうかも。明日が、バレンタインだと言うことも。全部曖昧にして、このままずっと電車に乗り、遠くまで行きたいと願った。