なんとなく君に恋をして


哲生と二人でお弁当を食べることになった。
いつも彼らがしているように、作業場の片隅に置かれた和さんの失敗作だという古いベンチに腰掛け、お弁当をベンチと膝の上に広げる。

哲生は隣の市に新しく出来たパン屋の話と、山へ行ったときに聞いた林業雑学について話し、私は近所のおばあちゃんが骨折して入院したことを報告しながら、おかずを口に運んだ。
二人とも、あのテーブルについてはひと言も触れなかった。

父が下ごしらえをして、私が焼いた西京焼きは悪くないけれど、塩分ひかえめのせいかどこか物足りない。
私が炊いたひじき煮は、やっぱり母の煮物と比べると今ひとつだ。

それでも、哲生はきちんと完食して「今日もおいしかった」と丁寧に手を合わせた。
哲生の大きめの口が、幸せそうに緩んでカーブを描く。この笑顔が、私をまた錯覚させるのだ。

「そう?どうもお粗末さまでした」

その錯覚を振り払うように、かわいげもなく切り返す。

「素直に、ありがとうでいいんじゃない?」
「だって、今日の出来はイマイチかなぁって」
「香埜子は自分に厳しすぎるよ。少しは自信持てば?」

そんなの、自分が納得できるまで何時間も黙々と木を削っている人に言われたくない。
私なりに自信は持っている。家業を手伝うにあたって、二十歳の頃に通信教育で調理師の免許も取った。おかずを褒められることも増えてきたし、調理の手際もよくなった。今まで一度だって宅配の時間に遅れたことはない。
それでも、膝の上に置かれたお弁当が、どうしても輝いているように見えなかった。

急に不機嫌になり黙り込んだ私に、お手上げといった様子で、哲生が一つ溜息をこぼす。

「香埜子、なんでそんなに拗ねてるの?俺、何かした?」
「……拗ねてないし、何もしてない」

分かっている。こんなのは、ただのわがままだと。
それでもどうしようもなくイライラするのは、私が“なんとなく”この道を選んだからだ。
ちゃんとした目標と、たしかな夢を持ってこの町に飛び込んできた哲生とは違うと感じているから。

キラキラと輝いて見えるテーブルが哲生と重なる。
そして、膝の上の弁当と私も同じようにぴったりと重なった。