事務所の扉をノックして、返事を待ってから入る。数週間ぶりに会った有喜さん(普段は工房にはいない)の歓迎を受けながら、お弁当の件を尋ねる。
「ああ、今から税理士の先生んとこ行く予定なんだ。ついでに外で食べてくるから、よかったらお弁当は哲生君と二人で食べて。あ、でもお金はちゃんと請求してね」
和さんきそう言われて、素直にありがとうございますと頭を下げる。有喜さんがすかさず口を挟んだ。
「そうだ、香埜ちゃん、今度うちにも遊びにいらっしゃいよ。おいしい紅茶があるの。一人で飲んでも何だか味気なくて。ほら、うちの子たちも全然帰ってこないもんだから」
和さんと有喜さんには、二人の息子さんがいて、そのうち一人は私と同級生だ。二人とも高校を卒業してから都会の大学に入って、そのまま都会で就職した。共に、この工房を継ぐつもりはないらしい。
有喜さんは町でも有名なくらいおしゃべりが大好きだ。たまには息子と同じくらいの年の子と話したいのだという。
「分かりました、また今度ぜひ」
「遠慮しないで、好きなときに来てね。香埜ちゃんは娘みたいなもんなんだから」
「そりゃ、お前、少し気が早えよ」
ニコニコと微笑んで話す有喜さんを和さんが慌ててたしなめる。
別に、慌てるようなことは何もない。
この町では、町の子どもはみんな自分の子どものように思っている。良くも悪くも身内意識が強いのだ。
「そうかしら…だって、哲生君はあなたの息子みたいなものでしょう?」
「いや、だから…まだ早いんだって」
あっけらかんとして聞き返す有喜さんを、またしても和さんがごにょごにょと歯切れ悪くたしなめる。
一体何だろうと思っていると、和さんが急に話題を変えた。



