彼の視線と共に、指さした先はリビングの隣の真っ暗な台所だった。
哲生が歩いて行って、パチンと灯りをともす。すると、灯りの下には、あの木目の美しいダイニングテーブルが照らし出された。
「えっ?これって…」
一週間前工房で見た、キラキラ眩しくて、思わず目をそらしたそれが、彼の家のダイニングスペースにぴったりと収まっていた。
彼の家で食事をするときは、リビングのローテーブルを使っていたから、今までそこはがらんとスペースが空いていただけだった。
「ホントは完成してから見せる予定で、隠してたのに、まさか見つかるとはね。しかも、和さん余計なことまで言っちゃうし」
照れたように笑って哲生がテーブルに手を突いて、こちらを見る。私は、思わずそれがここにある理由を尋ねていた。
「なんで、ここに?」
「なんでって、この話の流れで分かんない?」
「全然、分かんない!」
哲生はまさか…という顔をしたけれど、私はポカンとして首を横に振った。それを見て哲生は少し気落ちした表情で、ごもごもと話し始めた。
「香埜子にプレゼント…とか言いつつ、俺も使うんだけどさ」
「いやいやいや、待って。せっかくのテーブルが勿体ないよ!ほら、私なんかよりもっとあげたい人いるんじゃない?」
「だから、なんで香埜子はいつもそんな自己評価が低いの?」
哲生が初めて一から作った記念すべき作品だ。しかも、私の目にも分かるくらい、とても素敵なテーブルに仕上がっているというのに…。自己評価が低いのはどちらなのだと言いたくなる。
「だって、私なんて…」
「ただなんとなく一緒にいるだけなのに?」
続けようと思った言葉は遮られ、代わりに哲生の口から発せられた。普段口数が少ないくせに、こういう時だけはやけに鋭いのだ。
「人生なんて、なんとなくの積み重ねだと思うんだよね。そんなに、何もかも、運命感じたり、人生を賭けて選択してたら、疲れちゃうよ?」
いつになく饒舌に語る彼は、フッと溜息をついてから私を見下ろした。いつの間にかこのテーブルに引き寄せられるように、私は哲生の隣に立っていたらしい。
それでも、とても彼を堂々と見上げることは出来なくて、私はひたすらテーブルの美しい木目を見つめながら、ぽつぽつと反論する。
「でも、私、全部“なんとなく”なんだもん」
「俺も、そうだよ」
「哲生は違うよ。ちゃんとした目標があるじゃない」
「違わない。家具作るのも、なんとなくいいなぁと思って始めただけだし」
「嘘」
「こんなこと、嘘ついてどうすんの。最初はさ、大学卒業して親の会社継ぐのが嫌だっただけだから。親が嫌がりそうなことをなんとなくはじめてみたら、どうしようもなくハマっちゃっただけだよ。香埜子が思ってるようなドラマチックなことは何もないよ」
議論は平行線。哲生が私にテーブルをくれる理由もいまいち理解できないままだ。



