哲生の家は、ちいさな古い一軒家だ。
最初こそ、和さんの家に間借りしていた彼だったが、そのうちに空き家を借りてほしいという話が舞い込んで、程なくしてこの家に移り住んだらしい。
家主の許可を得て、哲生がちょこちょこと自分の手でリフォームしているため、外観も室内も随分と小綺麗になった。
今では、雑誌に載っているような小洒落た古民家風のカフェに見えなくもない。
これまた哲生が自分で取り付けた、玄関の呼び鈴を鳴らす。
しばらくして開いたドアから、哲生がひょっこりと顔を覗かせた。
「いらっしゃい」
いつもと同じように中へと招き入れられ、結構思い詰めて来たのに、何だか拍子抜けした。
「とりあえず、座ったら?」
先にリビングのソファに腰を下ろした哲生は、自分の隣のスペースを勧めてくる。特に断る理由もないから、コートを脱ぎ、そこに座った。
このソファは、哲生が唯一神戸から持ってきた家具だった。
哲生が前いた工房で作ったソファベッドだという。でも、この町に来てから哲生は畳の上に布団を敷くスタイルがすっかり気に入ったらしく、ソファとしてしか使われていない。
「えっと、何から話そうかな」
話があると呼び出しておいて、何から話したらいいか迷う哲生。
肝心なことをすぐに忘れてしまうのは、哲生の悪い癖だ。
「香埜子……あのさ……俺、香埜子のご飯が……食べられたら幸せだと思うんだけど…」
「へっ?」
詰まりながら言われた、唐突な話に思わず間抜けな声が出てしまう。
「いや、だから…そうじゃなくて…」
「…今でも毎日、食べてるじゃん」
毎日、お昼に届けているお弁当は業務用とはいえ、ほとんど私の手作りのようなものだ。彼が一体何を言いたいのか分からずに、思わずツッコミを入れる。
そのツッコミで少し冷静になったのか、哲生は小さな深呼吸を一つすると、今度は落ち着いてゆっくりと唇を動かした。
「弁当だけじゃなくて、朝も夜も香埜子の飯が食いたいの」
照れくさそうに視線を宙に彷徨わせながら告げられた言葉は、きっと彼の頭の中で用意されていたのだろう。それを、時折確認するように一呼吸置きながら、ゆっくりと紡いでいく。言い終えると、彼は視線を一点に集中させた。
「あのテーブルで」



