なんとなく君に恋をして


それからの一週間は、どう過ごしていたのか自分でもよく覚えていない。
ただ、あまり深く考えずに一日一日を、ただ漫然と過ごしていた。
毎日お弁当を作り、皆に届ける。
哲生のところにも届けた。
要するに“なんとなく”の毎日を続けていただけだ。

哲生から呼び出されたのは、あれから一週間後の金曜日の夜だった。

〈今夜、家に来て欲しい〉

一文だけ書かれたメールを見て、私はもういちど覚悟を決めた。

哲生が何かを変えるという。
それは、単に住むところかもしれないし、仕事についての何かかもしれない。
でも、あのとき一番に私の頭に浮かんだのは、私たちの関係だった。

距離を置こうとか、別れようとか。
ひょっとしたら、そんなことを言われるのかもしれない。

そう思ってしまうのは、私たちが“なんとなく”始まった恋人同士だからだ。

職人として一区切り付いた哲生は、そんな関係を解消したくなったのかもしれない。
ひょっとしたら、独立してこの町をは離れるのかもしれないし。
単に、他に真剣に付き合いたい相手ができただけかもしれない。私とは違って、哲生には仕事を通して多くの出会いがあるだろう。

いずれにしても、キラキラ輝く哲生と、なんとなく生きている私は、これから先、同じ道を歩くのは難しいような気がした。

久志がまだ学校から帰っていなかったので、私は自転車ではなく徒歩で哲生の家まで向かう。
彼の家に行くのは最後かもしれないと思いながら、ひたすら歩いた。

山の輪郭が描く美しいカーブに、オレンジ色の夕日がゆっくり沈んでいく。
生まれたところだからという理由で住んでいるこの町にも、好きだと思う風景は存在する。
それを目の前にして、ただ少し泣きたくなった。
決して、彼の隣に立つ別の女の子を想像したせいではない。
全ては“なんとなく”だ。