「でも、ヴァイオリンパートの楽譜なんてアタシ達は持って無いわよ?」
アタシと琴沙が持っているのはそれぞれ、ピアノパートとフルートパートの楽譜。
ちなみに練習のおかげで、楽譜がなくても弾けるくらいになっている。
「それなら心配ない」
「「?」」
「ヴァイオリンパートの楽譜なら――ここにある」
口元に笑みを浮かべてそう言って、自らの頭を指さす蒼葵の指先と表情が「完っ璧に覚えてるよ!」と、口ほどに物語っていた。
でも確かヴァイオリンのパートは、ものすごくレベルが高かったはずだけど……
「……本当に大丈夫?」
「ま、論より証拠さ。――ね、琴沙ちゃん」
「えぇー、あたしに言われてもぉ……」
「なにぃっ、琴沙ちゃんまでオレの実力を疑うのかっ?」
「疑うも何も、琴沙は蒼葵と演奏するの初めてだもの」
「あぅ」
楽しいなあ、こういうの。
「まあまあ二人ともぉ。お話しはぁ、楽器でしようぅ? ねッ」
フルートが、キーボードとヴァイオリンの軽口にピリオドを打つ。
「ええ」
「そうだね」
楽器で話す。ほんと、琴沙らしい表現。
そして――
「じゃあ、やろぉ♪」
改めて、琴沙がのぉんびりと振り上げた声の指揮棒を合図に。
星月夜のもと、冬の星空を観客にした三重奏(トリオ)セッションが始まった。
指揮者が居ないこともあって、いつしかアタシの意識は、
自然と観客の方へ向いていた。
星たちの、それぞれタイミングの異なる瞬きが、思い思いにリズムを刻んでいるように見えた。
大げさかもしれないけれど、それぞれの音と光でおしゃべりしているような、不思議な感覚だった。
寒くて、一曲だけでお開きとなったけど。
それでもとても素敵なひとときだったのを。
アタシたちは、今でもはっきりと憶えている。
―― fin ――