「じゃぁ、演(や)ろうかぁ」
「ええ。でも何を?」
「えぇっとぉ……」
琴沙がのぉんびりと振り上げた声の指揮棒に、アタシは根本的な質問を投げかけた。
指の指揮棒を口に当て、思案顔の琴沙。
でもそれを予想していたのか、蒼葵はひとり楽しそうに笑ってこう言った。
「【π(パイ)の音楽 】なんてどうかな?」
「あ、それいいかも」
「その曲はちょうど、冬の定期演奏会で演奏するんだよねえ」
「ええ」
「え、そうなんだ? じゃあ決まりだな」
πの音楽。
それは、円周率πの永遠に続く数字を、音階に置き換えて作られた曲。
音楽家の歴史ではなく、数学者の歴史が手に入れた、
最高のメロディー。
――というのは、ちょっと大げさかな。
まあ普通の高校生がこの曲を知ってることはまず無いと思うし。
ましてや、近年それをオーケストラ用に編曲した人がいる
なんてことは、夢にも思わないでしょうね。
その編曲者は誰あろう、なんと、アタシと蒼葵を家族にした、蒼葵のお父さんとアタシの母さんなのだ。
アタシはそれほどでもないんだけど、蒼葵はこの編曲版をものすごく気に入っていて。
暇さえあればエレキヴァイオリンで弾いている。