「琴沙ー、ほらそんなとこでぽかんと口開けてないで。例の言ってたヤツやるわよ? 準備して」
「え? あ、うんッ」
アタシの呼び掛けに気付いた琴沙は、返事と同時にフルートのケースを掲げ――
って、ちょっと待った。
トランクの辺りで、ヴァイオリンケースを取り出している人影が見えた。
アタシは驚いて、その人影に駆け寄った。
「ついさっきまでアタシのそばに居たのに。一体いつの間に?」
「禾楓ちゃんが琴沙ちゃんを見つけてすぐだよ。禾楓ちゃんが元気になったから、オレも準備しなきゃなと思って」
「…………」
油断した。
満面の笑みで答えた蒼葵を見て、説明のつかない熱が耳までまわった。
それを髪で隠すように、アタシはとっさに視線を蒼葵から外した。
髪をおろしてきて正解だった。
「そ、そうなの」
「そっ♪」
「ア、アタシも準備しなきゃ」
それ以上話す隙を与えまいと、蒼葵の隣でキーボードと専用スタンドをトランクから取り出し、早足で逃げるようにその場を離れた。
蒼葵がアタシの数歩あとを微笑みながらついて来るのが、後ろを振り向かなくても何となくわかる。
見透かされているようで、悔しかった。