無理すんなよ。

「なぁ、琴葉」



やっぱり、不思議だ。桜庭くんが私の名前を呼ぶと、お母さんに呼ばれるのとはまた違う感情が芽生える。



痛くて冷たいものなんかじゃなくて、あたたかくて優しい……そんな、言葉では言い表せないような感情が。




「無理すんなよ。ひとりで背負い込むな」



それだけ言うと、桜庭くんは教室へと歩いて行ってしまった。





たった数分話しただけなのに、こんなにも心を開いてしまっている自分がいることに、まず驚いた。



そして、不思議な人に出会ったなぁ、という桜庭くんへの興味だけが私の心に残った。




別に私は無理なんてしてない。ただ遥のことを助けたいだけ。



この行動は姉として当然で、自分のことは自分で守るしかないんだから。




でも、こんな風に遥の心配じゃなくて、私の心配をしてくれた人は初めて。



桜庭くんは一体私の何を見てるんだろう。私の……私達のことを、どこまでわかってるんだろう。




このときの私は、ただ戸惑うばかりだった。