午前9時を過ぎた頃、玄関のドアが開く音が聞こえた。お母さんが病院から帰って来た。


重たい腰を上げ、リビングに顔を出す。



「お母さん…」


「藍…」



お母さんも寝なかったのか、目の下には濃いクマができていた。この表情から、春兄はまだ眠っているのだろう。


だけど、もしかしたら…


「春兄は…?」


「うん、まだみたい」


やっぱり、まだ目が覚めないのか…


どんどん不安が大きくなっていく。胸の騒めきは止まることなく、悪い方向へと思考が走る。


春兄はこれからどうなってしまうの?



「明後日お父さんとまた病院に行くから。あんたも学校行きなさいね」


出張中のお父さんはすぐに春兄の病院に行くことができないみたいで、改めてお母さんと出向くことになったらしい。


「そんなこと言われてもさ。私だって辛くて、学校どころじゃ…」


そう言うと、お母さんは何も言わずにただただ悲しそうな目で私を見つめる。


…何を言っているんだ。辛いのは私だけじゃないはずなのに。


余裕のなくなった私は言葉を選べるほど自分をコントロールできないでいた。


「ごめん…」


「いや、いいのよ、無理しないで」



私は部屋に戻り、もう一度春兄からの手紙を読み返し、何度も何度も目を通して春兄の大きな"愛"を受け止める。


そして、今自分がどうしたいのかをよく考えた。


眠っている春兄に何を伝える?


春兄が目を覚ました時、何を伝えたい?




出て来た答えは一つだけ。



「春兄に…私の気持ち、知ってほしい」



春兄の手紙を丁寧に封筒にしまい、立ち上がる。


最近使っていなかったレターセットたちを引き出しから取り出し、机の上に並べた。


シンプルで無地のもの、動物の写真が載ったどちらかというと子供向けのデザインのもの、そして…



春らしい桜のデザインのもの。




迷わず桜のそれを選び、便箋数枚と封筒1枚を抜いて、ペンを手に持った。