「……やっぱり、レイはきみのこと連れていかなかったんだね」

フェリチタの呼び掛けに反応したのか、微かに鼻を鳴らしたのは珍しい金の毛並みが美しいレイオウルの愛馬。

厩舎に入ったフェリチタは、金馬の背をそっと撫でた。嫌がる様子がないことに安堵のため息を一つ吐くと、彼に語りかけ続ける。

「ご主人様の事、怒らないであげて。きみを置いていった訳じゃないんだよ。きみを戦いに、危険な場所に連れていきたくなかったから、なんだと思う……まあ、本人に聞いたんじゃないからたぶんの話だけどね」

金馬が今度は不満げに鼻を鳴らす。フェリチタは眉尻を下げた。

「ふふ、だからこそ連れていけって感じだよね。私も同感だよ。腹が立っちゃうくらい……レイは優しすぎるから」

フェリチタは腰の剣に触れた。折れてしまったレイピアの代わりにルウリエが持ってきてくれたのは、レイオウルが訓練兵時代に使っていたという細身の剣だった。ずっと丁寧に手入れされていたのだろう、使い込まれた感じはあれど刃先の鈍りは全く感じさせなかった。

今まで剣に触れるのは怖いからだったけれど、もう違う。

「待っとけって言われて、大人しく待っとけるわけないよね。私達も同じ気持ちだって、レイはなんで分からないのかな」

もう手は震えない。彼が使っていたこの剣で、彼の存在を感じながらなら。きっと、自分は戦える。

森人たちを敵だと思って戦うわけじゃない。でも、大切な人を守るためには、全てを傷付けずにいようとするのは不可能だとやっと自分の中で踏ん切りがついたから、甘い考えを切り捨てた。

「お願い、私を乗せてレイのところに連れて行って」

金馬はまるで言われていることをちゃんと理解しているかのようにフェリチタの瞳を見つめ、ふんと鼻を鳴らした。

その反応を諾と判断したフェリチタは、ありがとう、と囁いて鐙に足を乗せると勢い良く飛び乗った。

「行こう。奇襲攻撃って言ってたから、戦場は多分森の近く。森に向かって走って!」

金馬は強い決意の輝きを宿した蒼の瞳の少女の脚となって地を強く蹴り、どんな馬よりも早く、いっそ風すら置き去りにして駆けてゆく。

「私達だってレイのこと守りたいのに……ね」

少女の小さな呟きに応えるように、金馬は一際強く蹄を鳴らした。