イライラ気味のいちくんに応えたのは、勝教授じゃなくて女の子の声だった。


ちょっと遠い位置にいる感じだ。



〈先生、わたしひとりで大丈夫です。コピーを取って製本するだけですから、斎藤先輩の手をわずらわせなくても〉



いちくんの体がピクンとする。


相変わらず、わかりやすいな。


ポーカーフェイスを保ってるつもりなんだろうけど、目が泳ぎまくりだ。



勝教授が笑っている。



〈高木よ、そう言わずに斎藤を頼ってやれ。かわいい後輩の頼みを聞けねぇ男なんかいるまいよ。ほら、電話、替わるぞ〉



〈えっ? あ、えっと、斎藤先輩、こ、こんにちは。あの、勝先生はこうおっしゃってるけんじょ、わたし、本当に1人で大丈夫なので〉



いちくんの後ろからスマホをのぞき込むと、色白で黒髪の女の子が、遠慮がちに画面の向こうで微笑んでいる。


まじめで優秀で美人な上に進学希望だから歴史系の院生の間では有名な3回生、高木時尾ちゃんだ。



しかめっ面のいちくんが、おれの視界からスマホを遠ざけた。