「え? お返しなんて、気にしないでください。わたしが勝手に作ってきて、運がよかったら渡せるかなって、それくらいのつもりだったので」
「実際こうして受け取ったんだ。礼くらい、すべきだろう。その……悪い。オレはこういうことは初めてで、勝手がわからない」
呼吸ひとつぶんの沈黙。
時尾ちゃんが胸元で手を握り締める。
「さ、斎藤先輩にはいつもお世話になってるから、何か作りたくて……えっと、押し付けるつもりはないんだけんじょ、斎藤先輩はよく運動する割に栄養が足りてねぇように見えるときがあるんだなし。よかったら、わたしが作った料理、食べてもらえねぇがよ?」
こぼれ落ちそうに大きな目が、まっすぐに、いちくんを見上げている。
テンパっちゃって会津弁になってる。
その発音の柔らかい響きは、標準語にも関西弁にもない奥ゆかしさがあって、とてつもない破壊力だ。
これで落ちない男はいないよ。
ヤバい。
いちくんの背中が、また、大きく息をした。
「オレは、自炊できないからな。あんたの迷惑にならないなら、あの……ちゃんと食うから。甘いもの以外なら、好き嫌いはない」