親愛なる背中へ



宿題を解かなきゃいけないのは嫌で仕方なかったけど、宿題を提出しに先生の授業を受けにくる日々は、私にとっては尊い時間の一部だった。

その時間をもう過ごせないのは、やっぱり寂しい。


……そして。

当たり前のようにこの場所で先生に会っていた時間がなくなってしまうことも、本当は泣きたくなるほどに寂しくてつらい。

でもまだ泣くべきときではないから、ぐっと堪えた。


「中西がいなくなるのかと思うと、寂しくなるな」


人がせっかく必死に、涙をこぼさないようにしているというのに。先生は私の涙腺を刺激するようなことを、いとも簡単に言ってくる。

まだほとんど燃えずに残っている煙草を携帯灰皿に入れながら、眉を下げて哀愁を帯びた瞳を向けてきた。

……分かってるよ。

先生がその言葉に特別な意味をこめていなくて、ただちょっとだけ仲の良い、喋り相手の“生徒”が卒業することにちょっとした寂しさを募らせているだけだってことも。

だから、“私”だからこそ言ってくれたなんて、変な期待はしない。しないよ、絶対に。


「……先生も、寂しいって思うんですね」

「そりゃあ、思うよ。可愛い生徒がいなくなるんだから。でも、卒業するっていうのはめでたいことだからな。寂しいけど、それ以上に旅立ちを嬉しいと思ってるよ」


さっき携帯灰皿に入れた煙草で最後だったらしい。

フェンスの内側へと戻ってきた先生は佇んでいる私にふと近付くと、さっきまで煙草を持っていた手をぽんっと私の頭に乗せた。