ブツッ。

…なんだ?電源が落ちたのか?気づかぬうちに充電が切れまったのだろうか。仕方ない。帰ったら充電して最後まで読むとしよう。

空になった缶コーヒーを手に取りベンチから腰を上げ、数歩歩いたところで異変に気づく。
静かすぎる。一歩踏み出す。衣擦れの音や靴が地面を擦る音が聞こえる__はずだった。しかし、聞こえない。なぜだ。なぜ何も聞こえない。待てよ。今読んでいた小説にも同じようなことが起こらなかったか。いや、ちょっと待て。小説を読み始める前。うるさかった電灯の音が聞こえなくなった。あれは切れたとばかり思っていたが…ははは。勘弁してくれよ。なあ、なんなんだよこれは。なんの冗談だよ、おい。

唇が歪み、奇妙な笑い声が俺の口から微かに漏れた、はずだ。俺にはもう何も聞こえないんだ。知るか。
なあ、誰か教えてくれよ。どうして俺を中心に六つの影がのびているんだ?
辺りを見渡すと、いつのまにか足元には六つの影があった。脈打つ鼓動を鎮めようと両手を胸に当てる。

__しまった。

その瞬間、体がぴくりとも動かなくなった。唯一辛うじて動く目をきょろきょろと動かす。足元の影は手をだらりと下げ、やがて地面からはがされるようにして、しまいには自立した。
影は俺を真っ黒の人間となって俺を見据える。やめてくれ。気が狂いそうだ。
懇願したのも束の間、足元がひどい喪失感に襲われた。見なくてもわかる。このシナリオはさっき見た。俺は手も足も何もかも、こいつに奪われるんだ。

俺の脚が黒くなる。影の脚が色づく。
俺の胴が黒くなる。影の胴が色づく。
俺の腕が黒くなる。影の腕が色づく。
俺の思考が薄らぐ。影が薄らと笑う。

消えゆく意識の中、どういうわけか俺は一人の少女の名を口にしていた。口が動く感覚も、自らが発した声もわからない。それでも。

「……凛…」

かつて俺が愛し、そして俺が追い詰めてしまったあの少女。
彼女の名を呼んだ直後、一気に頭がぼんやりとしてきた。
そして俺が最期に認識したもの。それは目の前に出来上がった『俺』の、ゆっくりとした口の動きで俺に放った一言。

「願わせたお前が悪いんだよ」