20××年、12月△日午後6時30分。

会社員である俺、笠原太一は仕事を終え帰路についていた。電車に乗り、家から一番近い駅のひとつ前の駅で降りる。俺は夜の静かな人通りのない道が好きなので、よほど疲れていない限りはいつもこうしている。

いつもは駅を出る頃には9時を過ぎているが、今日は早く会社をあがれたので腕時計を見るとまだ7時過ぎ。たまには寄り道でもするかと思い、付近の公園に立ち寄った。
公園には誰もおらず、遊具も少なく閑散としていた。僅かに塗装の剥げた自動販売機で缶コーヒーを買い、錆び付いたベンチにスーツが汚れないようにハンカチを敷いて腰掛けた。
切れかけた電灯がジリジリと夏のセミのような音を立てていた。

缶コーヒーを啜りながら携帯を開き、ブラウザを立ちあげる。「小説サイト」と検索をかけると、ある有名なサイトの名前が、何度も閲覧したために紫色の文字となって表示された。
俺は仕事を終え家に帰ると、たびたび素人が書いたようなネット小説を読み漁り適当な感想をつけてから眠りにつく、といった日々を送っていた。俺には妻がいるが、共働きな上に妻は女だというのに出張の多い仕事をしている。そのため妻がいないときはそうしてひとり夜を過ごすのだ。
今夜はその妻が出張の日なので小説を読んでから寝るつもりだったが、折角なのでこの雰囲気ある寂れた公園でそれをしてしまおうと思い立ち、サイトを開いたのだ。

新着順に並んだ小説のタイトルの中から、ほんの30分ほど前…俺が会社を出たあたりに投稿されたものを読んでみることにする。
タイトルは『影』、作者は「Rin」という奴が書いたものらしい。タイトルをタップし、作品のページに飛ぶ。
電灯は未だにセミのような音を立てていた。