祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―

「僕の名前はブルーノ・ヴェステン。ヴィルヘルム陛下の友人だから、そう警戒しないでください。舞踏会の日、あなたをひと目見てずっと忘れられなかったんです。お会いできて光栄ですよ」

 立て板に水で捲し立てるブルーノにリラだけでなく周りも圧される。ゆっくりと立ち上がり、見上げていた目線が見下ろす形になったが、ブルーノはリラをまじまじと見つめ続けた。

「お名前を頂戴できますか?」

 リラは顔をわずかに首を動かし、ヴィルヘルムを窺った。その顔は不機嫌そうではあるが、強く咎めてはいない。なので

「リラ、と申します」

 緊張しながら名を告げることにした。たったそれだけのことにブルーノは大袈裟に返す。

「リラ! 素敵な名前だね。その銀髪も見事だ、とても美しい!」

 褒めながら、どさくさにまぎれてブルーノの手がリラの髪に触れようとしたその瞬間、

「触るな」

 殊更、低い声が二人の間に割って入った。ブルーノの腕を掴んで触れるのを阻止し、ヴィルヘルムが鋭い視線を送っている。

「調子に乗るなよ。これは私のものだ」

 一触即発。空気さえも凍りつき、その場にいる誰もが息を止めて固まった。その雰囲気を打ち破ったのは、原因を作ったブルーノ本人だった。

「やれやれ。べつに取って食おうって言うわけでもないのに」

 仰々しく肩を落として、両手を軽く上げる。その後ろでは彼の付き人がとうとう泡を吹いた。

「おひさしぶりです、ヴェステン卿。とりあえず皆さん……場所を移動しませんか?」

 冷静な声でエルマーが提案する。気がつけば部屋には、リラとフィーネ、そしてエルマー。後からやってきたヴィルヘルムにブルーノ。彼の付き人であるユアンに、さらには扉のところではクルトも控えている。どう見ても手狭なのをまずは解決するべきだった。