半ば呆れたような口調だった。はあ、とあからさまなため息が追加されて、これは恐らく本格的に呆れられている。
「あそこで転んでる君を放ってそのまま帰るほど、僕は非情な人間じゃないんだけど」
「え――と、そういう意味で言ったわけではなく! 私のために蓮様のお手を煩わせてしまい、申し訳ないと……」
「だから、何で君が謝るの。僕が連れて帰る以外、どうしようもなかったでしょ」
それはそうかもしれない。でもやっぱり、私にとって彼は不動の主人なのだ。
「ですが、執事が主人にご迷惑をおかけするのは、忍びないので……」
「学校では、君は執事じゃないし、僕も主人じゃない」
「家に帰ったら、私は執事ですし、蓮様は主人です」
「執事が健康に働けるように気に掛けるのも主人の務めだから、いいんじゃない」
ああ言えばこう言う、というやり取りを、まさか蓮様とする日が来るとは。
返す言葉がなくなった私に、彼は顔を背けた。
笑ってはいなかったけれど、どことなく言い合いの勝利を喜んでいるような空気を感じる。
そんな彼は、唐突に質問を投げてきた。
「どうしてやり返さなかったの。君ならできたでしょ」



