と、背後から聞き覚えのある声に呼ばれ、ぎくりと体が強張った。
「な、何でしょう……」
「なにビビってんだよ。葵様が起きる時間だ、行ってこい」
平然と指令を言い渡したのは他でもない、森田さんである。昨日のことはどこ吹く風、といった様子だ。
竹倉さんからはクビを宣告されるどころか、小言すらもらっていない。となると、彼は本当に誰にも口を割っていないのだろうか。
思案顔で「分かりました」と頷き、彼の横を通り過ぎ――ようとした時。
「安心しろ。誰にも言わねえよ」
「な――」
小声で囁かれた約束に、思わず振り返った。しかし彼は既に背を向けていて、草下さんの元へ歩いていく。
完全に信じられるわけではないものの、自ら蒸し返したところで進展はなさそうだ。
ため息をついてから、いやいやそんな弱気でどうする、と頭を振る。
ひとまず仕事だ。そう思い直し、私は食堂を後にした。
「葵様、佐藤です。おはようございます」
二階に上がり、葵様の部屋のドアをノックする。
竹倉さんいわく、葵様は朝が弱くてなかなか起きてくれないらしい。
「失礼致します」



