「君のことが嫌いになったから。だから、クビにした」


あの日、僕の目を真っ直ぐ見つめてあまりにも綺麗に涙を流した彼女のことを、きっと忘れない。

彼女を――佐藤を、手放したかった。


『私は、蓮様の……あなたの幸せを、誰よりも願っております』


嘘でもいいから、桜と結婚しないでと言って欲しかった。佐藤がそんなことを言うわけがないのに、なぜか期待していた。
いや、確実な言葉がなくたって、せめて少しでも惜しいと思ってくれれば。それなのに、佐藤はちっとも僕の望むものをくれない。

それが正しいと、自分の中の理性が言う。
この先、彼女が「執事」として僕の視界に入っては消えていくのを、ただ惰性的に眺めるだけだと気が付いた時、笑えてしまった。

手の中にあるのはどれも色褪せた未来で、結局僕は彼女を完全に絶つことを選んだ。我儘な自分を抑え込んで当たり障りなく彼女と接していく余裕は、皆無だった。


「“お初にお目にかかります”」


小綺麗なドレスに長い髪。一目見た時は、ついに自分の目がおかしくなったかと思ったが、そんなことはなかったらしい。
聞き覚えのある声が紡いだのは、他人行儀な挨拶。その瞳は、僕を映してはいなかった。