今ここでそんなことを聞かないで欲しい。きちんとしなければいけないのに、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。
「さあって……喧嘩でもしたの?」
「いえ。実は、今はもう五宮家のお世話にはなっていないんです」
「……そっか」
椿様は何か言いたげに唇を動かしたものの、結局それは言葉にならないまま、彼との間に沈黙が流れた。
やがて顔を上げた椿様が、再び話し出す。
「でも、百合ちゃんに婚約者がいたのは驚いた。俺はてっきり――」
その続きが聞けることはなかった。
彼の視線は私を通り越し、後方に釘付けになっている。ぷつりと途切れた言葉尻に訝しみながらも、つられて振り返った瞬間。
「椿……?」
呆けたようにその名前を呼んだのは、桜様だった。しかし私が思わず呼吸も忘れたのは、彼女のせいではない。――その隣にいる、蓮様の姿を見つけてしまったからだ。
「……俺はこれで失礼します」
椿様が掠れた声で告げ、踵を返す。その背中を追う者は、今ここに誰一人としていなかった。
視界が震える。足が地面に埋まってしまったかのように動かない。
「…………佐藤?」



