猫被りモードを終了した彼が、控えめな声量で呼びかけてくる。
渋々返事をしようと顔を向ければ、「こっち向くな。前見てろ」と吐き捨てられた。
「お前、花城百合か」
「……は、」
「上手く変装したな。まさかこんなところで出くわすとは思わなかったが」
なぜ? どうしてこの人が私のことを知っている?
得体のしれない気味悪さが、冷や汗となって背中を伝う。記憶をいくら掘り返しても、隣の彼には見覚えがなかった。
「あなたは?」
「ただの執事だ。安心しろ、お前と俺に面識はない。今はな」
「……意味が、分かりませんが」
努めて冷静に返しながらも、声はやや震える。
「俺は六角家に仕える執事だ。……そう言えば、分かるか?」
「六角家……?」
分からない。聞いたこともない。さっきから彼が何を言いたいのか、さっぱりだ。
私の声色にそんな意図がありありと滲んでいたのか、彼は諦めたように「まあいい」と話を締める。
「自分勝手な奴はこの世で一番嫌いだ。お前みたいな、自分の利益しか考えていないような人間は特に」



