一歩引こうとしたところで、彼の右手が私の背中に回る。そのまま引き寄せられ、ふわりとシトラスが香った。匂いが感じられるほど近い距離にいるということが、更に心臓をうるさくさせる。
もう片方の手は私の手をしっかりと握ったままで、伝わってくる体温が熱い。
耐え切れずに俯けば、「こら」と耳元で彼の吐息に叱られた。
「よそ見禁止なんだけど」
咎められているはずなのに、滲む甘さがいっそ苦しい。
それでも、やっぱり無理だ。美しさに目が潰れてしまいそうで、彼の方を向けそうにない。比べるのもおかしな話だけれど、自分の野暮ったさに情けなくもなりそうだ。
「ねえ。顔上げなよ」
「む、無理です」
「何で」
身じろぎすればするほど、ぎゅう、と彼の手に力がこもる。その度にどきどきしてしまう心臓を、宥める暇もない。
「だ、だって……蓮様が」
「僕がなに」
「蓮様が、あまりにも素敵で……眩しいです……」
ようやっとそこまで告げてから、息を吐き出した。途端静まり返った空気に、恐る恐る顔を上げる――と、
「蓮様……?」
先程のように私を真っ直ぐ見つめる彼はいない。代わりに、端正な横顔があった。その頬が赤く染まっている。
「……何でこのタイミングで顔上げるの」



