向井先生が走り去ってしばらくすると、１台の救急車が入って来た。

『香澄！』

ストレッチャーに乗せられた先生の奥さんは破水によって始まった陣痛の痛みと戦っていた。


『あなた…』

痛みを堪え、不安気な瞳を向ける奥さんに

『香澄、大丈夫だから…』
そう言って優しく微笑みかけるその姿を見ていると、先生の奥さんへの深い愛が感じられた。


『先生は外でお待ちください。』

看護師に制止され、奥さんを乗せたストレッチャーは分娩室に入って行った。


俺と先生は廊下の長椅子に座ると、

『こんな時、医者でも男は無力なものだな…とにかく母子共に無事でいてくれれば後はもう何もいらない。』


先生は祈るような気持ちなのだろう。