泣きたい夜には…

『兄は、私が高校2年になったばかりの時、高校生の無免許運転のバイクにはねられて亡くなったの。

明日から研修医としての勤務が始まる…そんな矢先のことだった。

私達家族は一瞬にして失意のどん底に落とされてしまった…』

ひとみは悲しみをこらえようと唇を咬んだ。

『兄が亡くなってから、父は考えたの。

私を大学病院の優秀なドクターと結婚させて病院を継がせようと…ありがちな話よね。

その話を聞いて、ものすごい抵抗感があった。自分の人生を自分以外の人間に決められたくないって思った。

考えているうちにたどり着いた答え…

私が医学部に入って医者になればいいんだ、そうすれば結婚相手は自分の好きな相手を選べるのだから…

これを父に何度も話して納得させた。

今思えばこれが父に対する初めての自己主張だった。』

俺はひとみの手を包み込むように握り返すと、

「ねぇ、ひとみ…ひとみは医者になって後悔してない?」

ひとみは首を振ると、笑顔で、

『後悔なんてしてないよ。大学にいた頃は医者になることが目標だったから、迷うことなんてなかった。

でも、国家試験に合格して、研修医になったばかりの頃は燃え尽きて、目標を見い出せなくて、向井みたいな男に引っかかっちゃって…

あの人と結婚して、病院を任せてしまえばいい…なんて思ったこともあったけど…』

そう言うと、肩を竦めた。