泣きたい夜には…

『だから私は子供の頃から花嫁修業みたいなことをやらされていたの。

茶道に華道…これでも一応、師範まで持ってるんだよ。

中学に入ってから、料理教室にも行かされた。今とは正反対のことをしていたんだよね。

だから、大学を卒業したら、父の決めた人と結婚する…それが普通のことだと思っていたの。』

ひとみが自嘲するように話している姿は何とも痛々しく感じられた。

『中学は親の言う通り、私立の女子校に行ったけど、
家系なのかな?
私の場合は医学より薬学に興味を持ち始めて、新薬の開発をやってみたいと思ったから、薬学部を目指して、高校は迷うことなく都立の進学校を選んだの。

そこまでは良かったんだけどね…』

ひとみは淡々とした口調で話を続けた。

『私には8歳上の兄がいたの。

兄は成績優秀、スポーツ万能で、優しくて、誰からも好かれて、両親からすれば自慢の息子で私にとってスーパーマンのような存在だった。

兄は現役で一流医大に入って、医師国家試験に合格した。もう将来は約束されていたのに…』

ひとみは体を震わせ、言葉を詰まらせた。

「ひとみ…もういい…」

俺はひとみの肩を抱き、話を止めさせようとしたけれど、首を振って、

『大丈夫だから…』

そう言うと、俺の手を握って、目を瞑ると深呼吸を繰り返した。