「牧野、昨日のあれ、うまかった」


「そうでしょう! 今シーズンのイチオシです」


「へぇ、イチオシかぁ。じゃぁ、牧野の、その次のオススメってなに?」


「これです」



私は、待ってましたとばかりに引き出しから小袋を取り出し、その中のひと包みを森本さんの前に差し出した。

すぐに包みを開け、ポンッ、と口に入れた彼は 「うん、うまい!」 とひとこと言うと、ちょっとだけ笑顔を見せてくれた。

キャンディーひと粒で、こんな顔ができるんだ…… 

そう思った途端、私の胸の奥が ”トクン” と小さな音を立てた。







「牧野さん、よく森本さんと話せるわね。怖くないの?」


「怖い? そんなことないけど」


「私なんて、話しかけるだけで緊張しちゃうのに。”森本さん” って呼んだだけで、めんどくさそうに ”あとにしてくれ” って言うんだもん」



確かに彼は不愛想だ、誰にでもそんな言い方をする。

でもそれは、仕事に集中してるとき話しかけられるのが嫌だから、だと思う。

仕事に一区切りついたときは、ちゃんと返事をしてくれる、ということに私は密かに気がついたのだ。



「差し入れです。疲れたときは糖分がいいですよ」


「おぅ、気が利くじゃないか」



森本さんにスイーツを渡すときは、必ず食べる理由を添える。

「血糖値を上げると仕事がはかどりますよ」 と言いながらチョコを一個渡すときもある。

「黒砂糖は体にいいんですよ。なんといっても健康食品ですからね」 とウンチクを言いながら黒糖ケーキを渡したこともあった。

みんな義務的に渡すから 「俺はいらない」 と素っ気なく断られるのだ。

隠れスイーツ男子は、人前ではその片鱗を決して見せない。

妙なプライドがあるらしく、人前で軽々しく甘いものを口にしてはいけないと決めているふしがある。

なんだか昔の武士みたい。

自分に厳しく、それでいて密かに甘いものを好む姿勢が武士の凛々しさと重なって、滅多に笑わないところも、素っ気ない態度も、甘党を隠すところも、彼の全部が素敵にみえてきた。



バレンタインチョコレート、どうやって渡そう……

目下の私の課題である。

考えに考えて用意したのは、義理チョコよりは見た目のよい、でも、本命チョコほど立派じゃない、けれど、好みにうるさい 『隠れスイーツ男子』 の舌を満足させる一品だ。

あれこれ考えた結果、こんな台詞を思いついた。



「今日も残業ですか。チョコ、食事までのつなぎにいいですよ」


「おぅ、ありがとな」



うわっ、ありがとうって言われちゃった。

作戦大成功……と喜んでいると、意外な言葉が返ってきた。



「これって、他のヤツらと同じもの?」


「えっ? いえ……ちょっとだけ違うかも……」


「わかった。最後に良かった」



わかったって、何がわかったの? 

最後ってなに?

私からのが最後にもらったチョコだった、ってことかな?

意味不明な返事だったけれど、聞き返す勇気はない。 

受け取った森本さんの顔は、少し寂しそうに微笑んだように見えた。