「そう熱くなるな。言葉の文(あや)ってもんや」

だから落ち着けと笑う先生と、それに便乗して笑うアヤちゃんにイラッとして、「男がそうやってごまかすから女はイライラすんのよ」と言うと、背後から口を押さえられ、「はい、終わり」と抱きしめられた。

「お、見せつけるねぇ」と先生のからかう声で相手が圭一やってことがわかる。
もしアヤちゃんならビビるけど。

「言いたいことはわからんことないけど、黙って経過を見とるんも友達にしか出来んことや。だから堪忍したって」

先生の言葉に圭一の手も離れる。
気まずさに更に小さくなったアヤちゃんを代弁する先生は両手を合わせて「な?」と笑う。

確かに、今日で大学も卒業やし。
先生とも今日で最後やし。
気まずいまま別れるのは後味悪いし。

「克也に免じて許したる」
「おっしゃ!て、呼び捨てかい」

苦笑するアヤちゃんをちらりと確認して、克也先生からノートを受け取って、バッグを提げる。

「じゃあ、…今までお世話になりました。言わんでも元気やろうけど、お元気で。体に気ぃつけてね」

一番お世話になった先生。
圭一と付き合ったのを喜んでくれたのも、就職が決まったときも、誰よりも一番喜んでくれた。
大学で先生と仲良くなるなんて想像してなかった。

ひょんなことから仲良くなったけど、あたしの大好きな先生になったことには違いない。

「ありがとうございました」

最後、ちょっと声が震えた。
あたしのくせに、ちょっとうるっとした。
あたしのくせに、“卒業”で泣きそうになった。
それに気付いたんやろう圭一がポンポンとあたしの頭を撫でるから、「頑張れよ」って先生が笑うから、またうるっとした。

「真も泣くんやなー」
「泣くか!」
「やーい、ツンデレー」
「ツンデレちゃうわ!」

こうやって冗談言うのも今日で最後。
暇やったら遊びに来てた喫煙室もこれで最後―――そう実感したら、やっぱり寂しい。

長居したらマジでヤバいと思ったから、もう一度ありがとう、て言うて喫煙室を出た。

「タバコくっさ…」

喫煙室独特の煙草臭さが服に染み付く。
遊びに行くのはあたしやのにそれが嫌で文句を言うたこともあった。
服に染み付くタバコの匂いで遊びに行ったことが圭一にバレたりもした。

思い出すのは楽しかった思い出ばっかりで、充実してたんやなって思わされる。

その時は嫌で嫌でしょうがなかった事も、“あんな事あったなぁ!むっちゃ嫌やった”って笑えるのも思い出に変わったからで、そう思うこの一瞬も、いつかは思い出に変わって懐かしむ日が来るんやろう。