「うーん・・・」

優輝の返事はまだ返ってこん。どうやら頭の中で圭一とタイチくんを天秤にかけてるらしい。そんな優輝を見て、自分の子供の頃を思い出した。

漫画や小説や現実でもよくある“大きくなったらパパと結婚する!”っていう名セリフ。
あたしも多分言うてたと思う。おやすみのチュウとかしてた。我ながら可愛いことしてたなって思う。

隣でまだ考え続ける優輝と返事を待ち続ける圭一。
「どっち?」と急かして大人げない。
これで優輝がタイチくんって答えたら、あたしはフォローの準備をせなあかん。母親は同性やから小さい頃から好きな形ってそのままやけど、父親ってのは異性で、いずれ娘は好きな男が出来て父親よりも愛する人の元へ行ってしまう。それが6年目に・・っていうのは確かに可哀相な気もする。

「んー」

どうしても決められへんのか、えらい長い時間悩んだ結果、「決めた!」と言って笑う。

「ユウはタイチくんの方が好き」
「なんで?!」

圭一がショックを声と表情に目一杯出して驚く。
確かに、これにはあたしも驚いた。あたしよりも圭一の方が好きな優輝やから絶対「パパ!」って答えると思ってた。

「優輝、なんでパパじゃなくて、タイチくんなん?」

隣であたしが優輝に尋ねると、優輝は困ったように口をへの字にした。

「だって、パパはママのなんでしょう?」

首を傾げて寂しそうに言う。
「どうして?」と聞くと、チラリと圭一を見て俯いた。

「だって前に、パパが“ママが一番大好き”って言ったもん」

いっつもチュウするもん、って拗ねるように言いながら圭一の首に抱きついて甘える。
圭一はその力に「優輝、苦しいよ」と詰まった声で言う。
嫌!って言いながら更に強く締めるから、ほんまに苦しそうで、「優輝、そんなに絞めたらパパ死んじゃうけど」と言うと、それは嫌やったんか勢いよく離れた。

「優輝、パパが一番大好きなのは優輝やで?」
「違うもん。パパが一番好きなのはママだもん。パパ言ってたもん」

寂しそうに言う優輝を見て、圭一を見る。圭一は自分が言うた言葉だけあって、なんとも返事ができんらしい。
なんで子供に対してそんなこと言うかなーって口パクで言うてみても、圭一は苦笑するだけで反論はないらしい。

「なぁ、優輝。今からパパの言うこと、聞いてくれる?」
「うん?」
「パパは優輝が大好きだ。でも、ママが一番大好き」

知ってるもん、と涙ぐむ優輝はキュッと圭一の服を握る。恋する相手に聞きたくない言葉を聞いてるときの姿そのまま。
父親に本気で恋するってこういうことなのかな、とちょっと胸が痛い。泣きたいのを必死で我慢してるしぐさなんか恋する女そのものに見える。
こんな所に我が子の成長を見てしまう。

「優輝、聞いて」

圭一は優輝の頬に触れて優しく撫でる。それに優輝はこそばゆそうに笑う。

「パパがママを好きにならなかったら優輝は今ここにいないんだ」

優輝は、どういうこと?と首を傾げる。

「パパがママを好きにならなかったら、優輝とパパは出会えなかった」
「なんで?!パパと会えないなんて嫌!」
「うん、パパも優輝に会えないのは嫌。でも、こうしてパパと優輝が一緒にいれるのはママのおかげなんだよ」
「ママ?」

あたしの方に向いて、手を伸ばす。その手を掴むとキュッと握った。

「ママは?ママもパパと会わなかったらユウと会えなかった?」

泣きそうになりながら見つめる瞳が可愛い。

「遅かれ早かれママはパパの事を好きになってたと思うから、優輝がここにいるのは当たり前」
「当たり前?」
「そう。優輝おいで」

手を差し出すと、圭一の膝の上から優輝が手を伸ばしてくる。まだ平均よりも小さい優輝を持ち上げて抱きしめる。

「ママもパパも優輝に会えて嬉しい。ママもパパも優輝が大好き」

優輝は圭一にするみたいに首に手は回さず、あたしの胸に頬を摺り寄せて甘える。服を握って、ギューッと押し付けるように顔を擦り付ける。
自然とあたしも笑顔がこぼれる。隣から伸びてきた圭一の手は優輝の頭を撫でる。

「ユウ、タイチくんよりもパパとママの方が好き」

掠れる声で呟いたあと、スーと寝息が聞こえた。「寝たよ」と圭一は言う。二人で微笑んで、寝顔を見つめる。

「遅かれ早かれ、俺を好きになったって?」

ギクリと心臓がはねる。
確かに口から出た本音、といえども、圭一の前で言うセリフじゃなかった。
ニヤニヤ笑う圭一を無視して優輝の寝顔を見つめる。

寝息をたてながら眠る優輝の寝顔は圭一にそっくり。圭一似やから絶対美人になる、そう思うのは自分の子供やからかもしれん。
日に日に大きくなって、表情も大人びてくる優輝を見ているだけで幸せになる。

「ママが一番好きって?」
「なんだよ」
「子供にそんなこと言う?」
「言うよ。本当のことを話して何が悪い」

威張るとこじゃねーし、と思ったけど、結婚しても変わらず好きでいてくれる圭一を愛おしく思えるあたしも圭一が好きで、圭一が子供よりもあたしの方が好きって言うてくれたことが嬉しくて、幸せやなって思える。

結婚して子供が出来ても、こうして些細な出来事で互いが好きな気持ちを確認できることが嬉しい。
何年一緒におっても“好き”の気持ちが減らんくて、むしろ溢れてくるってことが嬉しい。一緒に歩いていけるのが圭一で嬉しい。

「圭一でよかった」
「なにが?」
「結婚したのが」
「当たり前だろ」

今更何言ってんの?と鼻で笑う圭一にイラっとしたけど、その自信があってこその今の幸せかな?と思うと苦笑するしかない。「そうですか」と答えたら「相変わらず、冷たいな」と言う。

「俺らも寝ようか」

ソファーから立ち上がる。あたしも続いて立ち上がろうとしたら、あたしの腕の中で眠る優輝を抱き上げてくれて、それにあたしの手も引っ張って立ち上がらせてくれる。

「パパ優しいー」
「いつも優しいだろうが」
「パパかっこいいー」
「いつもカッコイイだろうが」
「圭一うざーい」
「そこだけ名前で呼ぶな」

あたしが笑うと圭一も笑う。

「ママ最近冷たいー」
「いつもやん」
「ママ最近メイク率高いー」
「入学式とかあったしね」
「ママ最近綺麗ー」
「…どういう意味よ」
「真が照れてるー」
「そこだけ名前で呼ぶな!」

こんな毎日が一生続けばいいと思う。大切な宝に恵まれて、愛する人の隣にいられる幸せ。

まだまだ先は長い。
数ヵ月後にはお腹の子も産まれてきてくれる。