~side 圭一~


ダメだ、ソワソワする。いつもどおりにしなきゃって思えば思うほど落ち着けなくなって、真の機嫌は悪くなる。
このままじゃ行動に起こす前に完全に真の機嫌を損ねて自滅してしまう。それだけは絶対に避けたい。

真はキッチンでリビングにいる俺に聞こえるくらいの溜息を吐いている。あれはわざとだと思う。わざと聞こえるように「はぁー」と声まで出してる。
あれは真なりの“不機嫌の合図”で、このラインを超えると口をきいてもらえなくなる。そうなると更に厄介になる。

もう何度味わったかわからないこの緊張感。既に2回失敗してる。タイミングは合わないし、鈍感な真が相手だから遠回しな言葉は通じない。
むしろ浮気を疑われて2回も冷や汗を流した。

こんなに好きなのに浮気を疑われるなんて心外だけど、今日みたいに挙動不審だと疑われるのも当たり前だと思う。それでも、誰に誓っても浮気をしない自信はあるし、ずっと真を好きでいられる自信もある。

キッチンにいる真をチラリと見る。
まだ流し台の前に立って洗い物をしてる。キュッ、と水を止める音がして、タオルで手を拭き、冷蔵庫へ移動する。

冷蔵庫から出てきたのはイチゴ。真が好きなフルーツだ。
軽く流してフルーツナイフでヘタを取っていく。そして再度冷蔵庫から出てきたのは練乳。真は練乳のいっぱいかかったイチゴが大好きだ。
少し顔が笑ってる。これを食べることを考えてるんだろう。そんな真に俺も自然に笑みがこぼれる。

イチゴが出てきたと言うことは晩酌の時間が始まるということ。
俺は一度ありえないくらいの緊張を解いてキッチンへ向かう。

「今日はリキュールがいい」

足音で気付いたらしい真が作業を続けながら背後まで来てた俺に言う。

「お酒はダメって言っただろ?」
「なんでよ」

振り返った真は眉間にシワを寄せている。
俺は状況が状況で、ここはすぐに返さなきゃいけないところだけど、返答を渋ってしまう。

真に禁酒令を出して約一ヶ月。理由が全くわからない真は飲酒を止められる度に機嫌が悪くなる。
怒るのは当然の事だと思う。だから、毎回どうやって禁酒させようか理由を探すのに一苦労する。

「ほら、最近体調よくないって言ってたじゃん。そんな時に飲んだら拗らせるだけだよ」

イチゴを盛った皿とフォークを運びながら「もういけるもん」といじけるように言う。

「後藤にも言われただろ?」
「自分の体の事は自分が一番よくわかってる」

もう何度止めたかわからない禁酒令に諦め半分で大人しく従うけど、毎度聞いたかわからない台詞。自分の事がわかってりゃ進んで禁酒するだろうし、その盛ったイチゴミルクも量を減らしたりするだろう。
一番自分の体をわかってないのは真だってことに気付いてない。全ての事に関して鈍感すぎる、というよりは想像がそこまで至らないんだろう。

片手にイチゴ、片手にマスターから特別に入手したクランベリージュース。眉間にシワを寄せたまま、ひたすら口を動かす。
そんないじけたような姿に笑みがこぼれる。大好きなお酒を飲めなくて拗ねる姿もまた可愛い。
ソファーに座ってる俺はソファー下に座る真の頭を撫でた。「なにすんのよ」と言いながらも手を払わない。

――~~~♪
テーブルに置いていた携帯が鳴り出す。真がビクリと反応したのがわかった。はい、と真が携帯を手渡してくれて、サブ画面を確認するとアヤからの着信だった。

「出る」
「うん」

前に座る真に一言声を掛けてからボタンを押した。

「なに」
《その声はないわー》

かなり低めの声で無愛想に出たからだろう。アヤがケラケラ笑いながら言う。

「なんだよ」
《せっかくの二人の夜を邪魔したのは悪いと思ってるって!だから機嫌直せよ》
「わかってんなら切るぞ。じゃあな」
《あー!待てって圭ちゃん!》

邪魔しに電話したのかと本気で思った。だから切ろうとしたらアヤが一変した焦った声で止める。本当に用事があるのかはわからないけど、とりあえず、もう一度携帯を耳にあてた。

「なんなんだよ」
《圭ちゃん、真ちゃんに酒与えてないよね?》

そんなことをわざわざ確認するために電話してきたのか。思わず溜息がこぼれる。

「そんなことお前に心配されるまでもない」

そう言うと《俺だって心配してんだって》と笑う。
何に心配してるのかは敢えて聞かないけど、真の心配なら不要だ。俺が傍にいるんだし、真の異変に気付いたのも俺が一番だったんだから。

《さっき歩に確認したんだけど、やっぱそうだって》

やっと本題に入ったアヤは《やったじゃん!》とニヤニヤしてるのが電話越しでもわかるくらい気持ち悪いテンションで祝いの言葉を言う。

ふと視線が気になり真に顔を向けると、イチゴを口に入れた直後なのか口のフォークをくわえたまま電話の内容を尋ねるように首を傾げていた。
俺は“アヤだよ”と口パクで真に伝えると、首を縦に動かしながら、またイチゴに手を伸ばした。