好きな人が“幸せ”でいてほしいと思うのは当然のこと。
あたしの願望は“恋人になりたい”ことだけど、その事で“幼なじみ”という関係が壊れて二度と話せなくなるくらいなら、このままで良いと思う。

敵いそうな相手なら頑張ろうと思うし、両思いなのにくっつかない状態だったら諦めようと思える。それは相手が全く知らない相手の場合で、実際はそうじゃない。
相手はあたしの親友で、親友はアイツの親友の彼女で、全員が友達。こんなどうしようもない感情が渦巻く中で自分の気持ちを押せるほど強くなかった。
アイツが“幼なじみ”じゃなかったら、また違ったかもしれないけれど。


真に子供が出来たと分かったとき、本当に嬉しかった。本当に本当に嬉しかった。
だって、大好きな真と真が大好きな・・・いや、真の事が大好きな圭一くんとの子供なんだから、きっと幸せな子供になる。

あたし達ももう24歳で、真と圭一くんみたいに結婚してもいい年齢まで来てる。
仕事のキャリアを伸ばす時期でもあるし、結婚適齢期でもある、とあたしは思ってる。なのに、あたしは彼氏もいない。それはアイツが好きだからで、一歩踏み出せないあたしの自業自得だ。

あの告白をしたとき、アイツは酷く困った顔をした。どうしたらいいのかわからなくて、何かしようと思ってるけど、自分が原因だから下手に動けずに微動だにしなかった。
そんなアイツを見て、本気で困らせたんだと後悔した。勢いで言った告白はアイツを困らせるだけで、言ったあたしも後悔だけ残して、悔しさや今後の関係を考えると不安になって、その夜は泣くことしか出来なかった。

それで分かったのは、あたし達には“幼なじみ”の関係でしか成り立たないこと。口に出して改めて分かった、あたし達の関係。

あたし達は“幼なじみ”でしかいられない。どんなに恋愛感情で好きだと思っても、アイツがあたしをそう思う事はない。
言った事で何か変わるのかと思ったけど、根性無しのあたしは“変化”よりも“幼なじみ”を選んだ。それ以来、あたし達は変わらず“幼なじみ”を続けてる。

好きな気持ちはそう簡単には消えない。ましてや、20年の情を混じえている感情は深くて濃い。好きの上が大好きで、大好きの上が愛してる、なんてもんじゃない。
そんなもんならまだいい。それよりも、言葉に言い表せない感情があたしにはあって、それを消すには“諦める”では消えない。一瞬でも壊してしまった関係はそう簡単に修復出来るものではない。

傍にいる事が当たり前だった。友達でも恋人でもない存在。親友の真以上に心を許せる存在で、隣にいてくれるだけで安心出来る大切な人。大切だと思えば思うほど、恋愛感情を持ってしまった自分が嫌になる。

人を好きになることは自分でもどうしようもないことだって分かってるけど、別にアイツじゃなくたってよかった。
今までだって、アイツより好きな男がいたんだから、今更アイツを選ばなくたってやっていけるのに。それなのに、アイツを好きになってしまった。

傍にいることが当たり前だった。だから、正直辛い。当たり前の事が出来ない今が辛い。
好きだから傍にいたい。だけど傍にいれば、どうしようもない現実を突き付けられて泣きたくなるほど悲しくなる。

アイツは優しい。優しいから何も無かったかのように接してくれる。
あたしが連絡しても返事は帰ってくるし、勝手な買い物癖でアイツのために買ってきた服はちゃんと着てくれる。あたしが元通りにしようとしているのを汲んで、ちゃんと対応してくれる。それが唯一の救いで、一番悲しい。

変わらずにいてくれる事で“幼なじみ”でいられるのに、変わらずにいられる事で“恋人”への可能性を下げられる。本当に望みがないんだと、酷くたたき付けられる。

アイツの優しさに甘えて、この関係から完全に抜け出せないでいるのは怖いから。
前は冗談で濁すことができた。でも二度目は後戻り出来ない。
これが最初で最後。“ただの幼なじみ”でいられるかどうかは、あたしの言葉一つで決まる。

無意識に口走った2年前、あたしはアイツに『覚悟もある』と言った。その時は本気だった。でも今は―――踏み出せない。
あれから何事も無かったように変わらず“幼なじみ”のあたし達は互いに恋人は作らないし、変わってくのは周りだけ。

忘れるために出会いを求めてコンパに顔を出したり、紹介してもらったりしたけど、どれも長く続かなくて、どうしてもアイツや真を最優先にしてしまう。
それだから変わらないんだ、と頭では分かっていても心は正直で、体がうまく動いてくれない。

もう、どうしようもないんだと思う。アイツを好きになってしまった時点で、アイツ以上の存在を探すのは無理なんだと思う。アイツ以上の人なんて世界中探したって見つからない。だから、あたしにはアイツしかいない。
アイツが他の女の子を好きになっても、あたしにはアイツしかいない。

そう思うようになってから、急に全てが怖くなった。
アイツがあたしの隣じゃなくて、他の女の子の隣に行ってしまったら、アイツしかいないあたしは一体どうなるんだろう。

ずっと、もしかしたら一生一人なのかもしれない。そう思ったら怖くなった。
そんな未来も、そんな風に考える自分も、それくらい強く想ってる自分の気持ちも、すごく怖くなった。アイツしかいないと考えてしまう自分が怖い。

『圭一なら、ずっと一緒にいられると思う。まぁ、子供出来たから、こじつけやけど』
そう笑う真を心底羨ましいと思った。

こじつけでも何でも、真と圭一くんはずっと一緒にいるに決まってる。第一印象なんて所詮第一印象でしかないし、第一印象なんて自分の中でのモノで、最終的には結婚しちゃうんだから当てにならない。

あたし達は真と圭一くんみたいにずっと一緒にいられるんだろうか。
例えば、文也があたしを好きになって、付き合って、子供が出来れば、ずっと一緒にいられると思う。でもすれ違いがあって、好きの気持ちが変わって、離れる時がきたら・・・そしたら、恋人から幼なじみに戻れる保証なんて、どこにもない。
考えれば考えるほど深みに嵌まって抜け出せなくなる。

大切な幼なじみだからこそ、踏み出せない一歩がある。
大事な人だからこそ、伝えられない想いがある。
特別な人だからこそ、変わらない心が欲しくなる―――それは“幼なじみ”としてではなく、“恋人”として。

どうすれば昔に戻れるのか今となってはもうわからない。