「あれ、真?」
週明けの仕事帰り、改札を出る前に声を掛けられて振り返る。
「・・敦紀」
ここでは珍しい関西弁。いつからこっちに来てるんか知らんけど、自分同様、敦紀もそう簡単に関西弁は直らんらしい。家族と地元の友達以外で久しぶりに聞く方言になんか和む。
「敦紀もここなんや」
「そうやねん。快速止まるし、市内まで30分くらいやし、何かと便利ええしなー」
目頭にくしゃっと出来るシワが懐かしい。
付き合ってた時はそれが可愛いと思ってた。よく笑う人なんやろうなって思ったのが第一印象で、笑った顔が可愛いなって思って、もっと笑ってほしいなって思ったのが好きになった時やった。
今ではそれも懐かしい。
「真は今どこに住んでんの?」
「ここやけど」
「じゃなくて、どの辺に住んでんの?ってこと」
「あー、こっから10分・・」
・・くらい歩いた先にあるハイツ。って答えようとして、答えようとしてたけど、答えれんかった。というより答えるよりも大事なもんを見つけたから、それに見入ってた、というか、見極めてた。
「真?」
「あ、やっぱり!敦紀ごめん、また!」
あたしは目の前の目標物を見たまま、敦紀と目を合わせることなく手だけを振って早歩きで近付く。
あのスーツにあのバッグ。極めつけはあたしの勘・・・っていうのは嘘で、恋する乙女特有のアレ。その人だけ色付いて見えるってゆうアレ。色付いてってゆうか、映えて見えるって感じ?その人以外はボヤけてる感じ?
ヒールの音がたたんように、そーっと後ろから早歩きで近付く。
あと5歩、あと5歩近付いたら驚かせる。
「バレバレだぞ」
「ひぃっ!」
驚かしてやろうと手を伸ばそうとした時に振り向かれて逆に驚いてしまった。
「ひぃ!ってなんだよ」
漫画かよ、と笑う顔にあたしもつられて笑う。
「今日は早いんやね」
「この時間に真がいると思って早く帰ってきたの」
嬉しいだろ、とニヤニヤする圭一にイラッとしたけど、それでも一緒に帰宅できることは嬉しい。スーツ姿にも拘わらず、腕に手を回してしまう。
「なに、珍しいじゃん。そんなに俺と一緒に帰るの嬉しい?」
ニヤニヤする顔はイラッとするけど、悔しいかな気持ちを当てられたけど嬉しい。
学生の頃は週に数回は一緒やったし、買い出しも行ってたけど、社会人になってからは一緒に帰ることもなくなった。
最近は帰ってきても家に一人の時の方が多かったから、正直寂しかった。だから、一緒に帰って、一緒に夜ご飯食べて、色んな話が出来ると思ったら嬉しい。
「真ちゃん、無反応?」
口先だけ上げて、あたしの反応を面白がってる。こういう時だけ強くなって腹立つ。
悔しすぎるから、ずっとからかい続ける圭一に次の曲がり角までだんまりを決めて、仕返しを考える。
角を曲がった所で瞬時に人目を確認。人がいてないのを確認してから、圭一のネクタイを引っ張り、ぐんっと頭の位置を下げて不意打ちのキスをしてやった。
「なに?!」
突然の事で真っ赤になる圭一に勝ち誇った顔をしてやる。
「ざまーみろ」
ネクタイを引っ張ったまま、鼻先が触れる程の近距離で言うてやる。その後は惜しむことなく腕とネクタイを離して、放心する圭一の前をスタスタと歩いた。
あたしをおちょくろうなんざ100万年早い。やられたら、やりかえす!それが圭一に対するモットー。
やられてばっかりは悔しい。
「外なのに大胆な事するね」
耳元で囁かれて思わず振り返ると、放心してた圭一は消えてて元に戻ってる。
人が少なくなったのもあってか腰に手が回る。引き寄せられて近くなった距離にドキリとする。
毎日一緒に生活して、一緒のベッドで寝てるのにドキドキするのは、いつもとシチュエーションが違うからかもしれん。
スーツ姿の圭一にドキドキしてる。スーツ姿の圭一は3割増でかっこいい。
「明日仕事だけど、残念ながら今日は寝れないねー」
真が悪いんだからな、と腰に回された手に力が入って嫌な焦りが出る。
こめかみにキスをして、にやりと笑う。それも人目を一切気にせずに。
一緒に帰れるのは嬉しい。嬉しいけど、あんまり浮かれるのは良くないと学習した。
圭一の一度外れたネジを元に戻すには時間が掛かる。それが圭一の場合なら尚更。
ハイツに近付くに連れて人通りも明かりも少なくなって、それに連れて圭一の行為もエスカレートする。家に入ってしまえば、あたしに自由はない。
あたしを先に入れて、後から入った圭一が後ろ手に鍵を閉めて、そこからは窒息地獄。
「ま、待って。圭、・・んん」
「真が待ってって言って、俺が待ったことある?」
無い、のはわかってるけど、やっぱり気になるのは場所と互いのスーツ。玄関はさすがに嫌やし、スーツはくしゃくしゃになる。
「圭一、す、つ、スーツ!」
「またスーツ?んなもんクリーニング出せばいいじゃん」
そういう問題ちゃう!って言おうとしたら、さらに深く攻められて立ってられんくなる。
「はい、俺の勝ち!部屋行こうねー」
立てんあたしをいいことに、お姫様抱っこをしてリビングにも寄らずに寝室に入る。ヤバいと思ったけど、時既に遅し。
自分のジャケットを脱いで、あたしのジャケットだけ脱がせて、あたしをベッドに押し倒す。
覆いかぶさる圭一の笑顔は悪魔そのもの。
「今日は真が悪い」
「あたし何もしてない」
「俺、誘われたもん」
「誘ってない!」
「いーや、あれは誘ってた。玄関でのあの顔はいやらしかったー」
どんな顔よ!と言おうとしたけど、近付く顔に自然に目も閉じてしまう。
“明日、起きれるかな”
そんな事を考えてると「思考回路止めてやる」と、その思いも一瞬にして消し去られた。



