持っているタオルに顔を埋めたまま肩を震わせている歩にどう声を掛けていいのかわからない俺は手を伸ばしかけてやめたり、口を開こうとしてやめたり、どうすることもできなかった。

「ぷっ」
「?!」
「ふ、ふはははっ」

涙で肩を震わせていたはずの歩が今度は笑いで肩を震わせている。
一体、何があった?

「おい」
「や、やだ、文也ってば!ほ、本気にしないでよ」

なに、言ってんだ?タオルから顔も上げない歩は「冗談じゃん!」って笑ってるけど。

「ほんと、・・・・・とこ・・い」

聞き取りづらい言葉の後、勢いよく顔からタオルを外して、いつもと変わらない笑顔を俺に向けた。
赤い目と鼻は泣いたことを証明しているけど、本人はそれを感じさせないような笑顔を俺に向けている。
まるで“俺の慰めなど必要ない”とでも言ってるようだ。

「さて、あたしは帰るよ。ありがとうね。文也はまだ講義残ってるでしょ?頑張ってね」

時計を確認して、「タオルは洗って返すから」と手を振って俺にもう一度笑顔を向けて歩きだした。

「なんだったんだ」

肩を震わせて泣いていた歩は一切消えていた。まるで何事も無かったかのように帰っていった。最後に言った言葉も聞き取れなく、わからないまま。
少しの時間立ち尽くし、時間を確認して大学に戻った。

「あれ?なんで外から?」

大学の正門をくぐると先程のバカップルがちょうど帰るところだった。タイミングの悪いのなんのって最悪極まりない。

「講義あと30分で終わるけど…?」

真ちゃんの言葉に圭ちゃんは苦笑する。
わかってんだか、わかってないんだか、真ちゃんって本当タイミング良く抜けててくれる。俺にとってはありがたいことだけど。

「真、帰るぞ」

圭ちゃんのフォローもあって早めに切り上げられたのはよかった。
バイバイと手を振ってくれる真ちゃんの可愛い笑顔も見れた。それでも俺の気持ちは晴れやしない。
さっきから歩の震えながら泣く背中が頭から消えてくれない。







「おはよー」

次の日、家を出ると家の前には歩が待っていた。

「また出待ちか?」
「いいじゃない、減るもんでもないし」

そう言って当然のように隣に並ぶ歩はいつも通りで昨日の歩は別の人間だったかのよう。あえてそれを言ったりはしないけど、歩が何も言わないなら聞く必要もないと無かったことにしようと決めた。

他愛ない話して、互いの親の笑い話や真ちゃんや圭ちゃんの話をしたり、いつもと変わらない朝。
大学の正門をくぐり、学科が違うため別の方向に向かう分かれ道で歩がふいに立ち止まる。どうしたのかと同じように立ち止まると、いつからなのか俺を真っ直ぐ見つめたままだった。
その瞳はいつもどおり、ではなく、少し寂しげだ。
一歩近付き、歩との距離を詰める。

「どうした?」

一人分の距離を空けた俺と歩の間には何もない。頭を下げることがあれば、ぶつかるだろう距離感。
歩は「うん」と返事しただけで続きが出てこない。