トイレから戻ってきた後はそれ以上何も言わなかったし、聞いてこなかった。
特にテンションもモチベーションも変わった様子もなくて、俺がドキッとするほどのことはなく、あっちこっちの店に引っ張られるがままだった。
たまに「コレ合うと思う?」と聞かれたら答えたし「試着してきていい?」と言われたら試着後の感想も言った。
デニムはいいのが見つかったらしく上機嫌で購入し、アウターはまだ探してる状態で気付けば俺も一緒になって探してた。

そうしてても真が意味なく言った言葉に俺だけずっとモヤモヤしてる。
数年前の話を聞いてほしいわけじゃないし、元カノに妬いてほしいわけでもない。ただ漠然とだけど嫌な気がした。
なんかあるんじゃねぇの?って真が何か思ったんじゃないかって俺一人が気が気じゃない。
異変に気付いた真が「いける?休む?疲れた?」と心配してくれて「その優しさが胸に染みる」と言ったら「キモイ」と一撃だったけど笑ってくれた。真から手を繋いでくれて無意識に口元が緩んだ。

一緒に買い物に来てわかったこと。店の雰囲気で中に入って気になる物だけを物色する真は特にお気に入りの店はなく、好きな服を好きなように着るのが真流らしい。だけど、選り好みが激しいらしく中々好みの物が見つからなくて少し膨れっ面だった。

ある店に入って前に見た店と同じような服を手にとっては「うーん」と唸っては首を傾げてた。

「見つかんない?」
「惜しいんやけどなー」

真のこだわりはわかんないけど、今の状態じゃ埒が明かないから俺も一緒に探す。
レディースの服を漁ることなんて慣れてしまえば抵抗はない。好きな女に似合う服を探してんだ、と思えば人目が気にならない程度になれた。

ふと目に入った服が気になって思わず手を伸ばした。ちょうど通路のど真ん中で立ち止まったせいで前から来ていた他の客に肩がぶつかった。
小さい女の人で俺の鎖骨下あたりに額をぶつけた女の人は「ごめんなさいっ!」と顔を上げた。その顔に俺は一瞬止まってしまった。

「あれ、圭ちゃん?」

久しぶりに見た顔は相変わらずデカイ目で上目遣い。声は少し甘ったるくて、細い腰。見た目も雰囲気も全てが“可愛い”で包まれている。
自分で言うのもなんだけど、こんな可愛いの象徴のような女が元カノだった俺ってすごいと思う。
この女が“可愛い女”なら、真は“綺麗で色気のある女”だ。この女は“女”ではあるけど“大人の女”ではない。
真に出会って好きになって初めて気付いたけど、歴代彼女は可愛いだけで真みたいに見てるだけで“綺麗だ”と思えるような女はいなかった。本気で女を好きになったことがなかった俺の欲目かもしれないけど。

「圭一、コレどう?あ、知り合い?ならゴメン。続けて」

真がやっと声をかけてきたのに最悪のタイミングだ。しかも、何も疑わず「続けて」って背を向けるってなんだよ。少しくらい疑問持ったり妬いたりしてもいいんじゃないか。

「ぶつかって悪い。じゃあ」
「あ、圭ちゃん!」

あまりのあっさりした真の態度に逆に焦った俺は目も合わさず挨拶した俺を目の前の元カノは服の袖を引っ張って止めた。

「なに?」
「あ、あの、私、携帯変えてないの。もし、よかったら連絡くれない?」

こいつ、真が話しかけてきたの見てないのか。それとも、わかって言ってるのか。

「彼女いるからしない。じゃあ」

こいつに連絡することは二度とない。

「あれ、真?」

少し目を離すと消えてしまう真を必死で探す。少し遠くを見るとレジに並んでる姿が見えた。
外で待ってる方が探す手間が省けるか、と思って声もかけずに入口が見えやすい少し離れた場所で待っていた。だけど、それが裏目に出たらしく店から出てきた真はその後に出てきた元カノに手を合わされながら何か頼まれていた。

元カノが俺を見つけて、もう一度手を合わせて頼む仕草をして別れると真は頷きも口を開くこともせず、去っていく元カノの背中を数秒見てから黙ったまま俺の方に向かってきた。

「なに、言われた?」
「あんたに連絡するように言えって」
「は?」
「必死に懇願されたわ」
「で?」

俺が見てる範囲では頷いたりしてなかった。でも首を横に振る仕草も見てない。もし、真に「したら?」て言われたら本気で落ち込む。絶対しないけど。

「好きにしたら」

目を合わしてくれることもなく言い放つ。不機嫌丸出しで素直じゃない・・・そんな真も好きだけど、やっぱりこんな時は正直に「してほしくない」って言われたい。