「真ちゃん連れてこないと意味ないじゃん」
「なんで」
「やっぱ戻ろう!」
「いーよ」
「良くない!」
そんなことを言いながら「でも時間ヤバイ!」と車を引き返すつもりのないアヤがどうしてそこまで真に執着すんのか、アヤの言ってる言葉の意味さえわからなくなった俺はあれから何回はいたかわからない溜息のあと携帯が震えた。
珍しくメールが届いて、開くと送信者は真だった。その内容はたったの8文字。絵文字も顔文字も何もないけど【いってらっしゃい】と書いてあった。
何だか無性に帰りたくなった。帰って真に会って、直接真の声が聞きたくなった。胸が締め付けられる感じ。それと同時に、部屋に一人にさせてる罪悪感も溢れてきた。
あのいつもよりは豪華な夕食も、一緒に話してるときの笑顔も、部屋に向かうときの寂しそうな顔も、全部に胸が締め付けられる。
時々感じてるこの感情の意味。そこまで疎くないつもりだし、否定する理由もない。
多分、これに気付き始めたときから真の変化に気付けるようになったんだと思う。そう考えたら矛盾なんかないし、モヤモヤも晴れるような気がする。
嫌い者同士がルームシェアしたって所詮は男と女。
何かが芽生える可能性だってゼロではない。そして今の俺は当時ゼロだと思っていたその可能性に片足を突っ込んでいる。
真の行動や言葉に一喜一憂して馬鹿らしいって思う。でもそれすらも愛おしく感じる俺は両足をすでに深く突っ込み、可能性を50%まで上げているのかもしれない。
たどり着いた先は行きつけのいつものダイニングバーでドアには貸し切りの札が掛けてあった。イベント好きなアヤのことだからまた派手にやってんだろうなって想像はつく。
車から下りたら他のメンバーはそそくさと店に入っていき、最後に入ろうとした俺は真からのメールをまた眺めていたせいで寸前で閉め出された。
確かに前を向いて歩いてなかった俺も悪い。悪いけど、ちょっとは待ってたりするもんじゃないの?
閉め出される間際、ちょっと待ってて!というアヤの声が聞こえたからまだいいものの。
「なんだよ」
さっきから踏んだり蹴ったりじゃないか。俺は何のために呼ばれた?こんな扱いされるために呼ばれたわけじゃないだろ。
こんなんだったら真と一緒にいるほうが断然よかったなんて、真を放って家を出てきた俺が言う台詞じゃないけれど。
今、何をしてるんだろう?まだ怒ってるんだろうか?
あのメールが届いてからずっとずっと頭の中でぐるぐる回ってる。考えても考えてもわかんない答えと出てくる溜息。
やっぱり無理矢理にでも連れてくればよかった。こんなに気になるんなら引きずってでも連れてこればよかった。
携帯を開いて、着歴に並ぶ真という文字を眺めてはまた溜息が出る。
ていうか、あと何分このままなんだよ。それでなくても俺は真が気になってしょうがないっていうのに。あと1分待っても呼びに来なかったら帰ってやる。
そう思ってたら、勢いよくドアが開いた。
「圭一くん?!」
「後藤?」
「ねぇ、真は?真はどうして来てないの?」
「なんでそんな格好してんの?」
「ねぇ、真は?!」
「ちょっとちょっと、会話かみ合ってなくない?」
中から再び出てきたアヤに会話を止められて、後藤も一度口を閉じる。
この慌て振りに、名前の連呼。たぶん、真も一緒に来るもんだと思ってたんだろう。こんなに慌ててなんだっていうんだ。それなら前もって真に言っておけばよかったのに。
でも、そんな考えも一気に吹っ飛んだ。
「なんで真をひとりにしたの?文也もなんで連れてこないの?!」
「い、いや・・・」
後藤の勢いに圧されてアヤも後ずさりをする。俺もその気迫に飲まれそうになる。
「真、今日をどんなに楽しみにしてたかわかってんの?!確かに何も言わなかったあたし達も悪いけど、あたし達なんかよりも何倍も気合い入れて計画してたんだよ。ルームシェア最後の圭一くんの誕生日だからお祝いしてあげたいって!!」
意気込んでたのに一人にするなんて最低だよ、と小さくこぼした。そして、アヤに振り向いて「計画通り動けよ、バカ!!」と叫んだ。
そんなこと、一言も聞いてない。というか、今日が自分の誕生日だってことにも気付いてなかった。なんでだろうってそればっかりで深く考えようともしなかった。
今日だから、あの服?
あの笑顔?
俺のため?
それなのに俺は真に彼氏が出来て浮かれてんじゃないかとかいらないことばっかり考えて。



