「今川か…。」
一人の少女が呟いた。

愛知県尾張(おわり)地区清州(きよす)女子高等学校三年、織田佑美(おだ・ゆみ)である。
━━佑美は茶髪のショートに、キリッとした目が特徴の美少女で、清州女子高のトップである。

この時代、その学校のトップの女子高生を《小名(しょうみょう)》と呼んでいた。
つまり、佑美は清州女子高の小名という事になる。
小名になるには、色々と素質などが必要となる。
学力であったり、喧嘩の強さであったり…。
要は、全校生徒を従わせる事が出来ればいいのだ。
つまり、全校生徒を従わせる事が出来れば、一年生でも小名になれる。

佑美は学力は、そこそこ上であるがトップではない...。
しかし喧嘩は校内一強かった。
清州女子高内だけでなく、尾張地区でも誰も彼女には勝てない。

ちなみに佑美の場合は、小名ではなく《大名(だいみょう)》と呼ばれている。
大名とは、地区内で一番強い学校の小名に与えられる称号である。

清洲女子高は、尾張地区で一番強い学校なので、佑美は小名ではなく、大名と呼ばれている。


━━佑美は“例の”テレビ中継を見ていた。

「戦(いくさ)の準備を致しますか?」
と、横にいた少女が訊(き)いた。

清州女子高等学校二年、羽柴麻衣(はしば・まい)である。
彼女は、清州女子のナンバー2だ。
麻衣は、アッシュブラウンの内巻きストレートの髪に、切れ長の目が特長の美少女である。
まだ二年生であるが、佑美からの信頼も厚い。
佑美とは、対象的に喧嘩はそこそこだが、学力がすば抜けている。
それに加え、人を扱うのが上手いので、清州女子の政(まつりごと)を任されている。
ここでいう政とは、校内の統制などの内政(ないせい)や、他校とのやり取りなどの外交(がいこう)などの事である。
彼女は清州女子高のナンバー2なので、佑美以外は、たとえ三年生でも麻衣には逆らわない。

「少し様子を見よう。」
佑美が答える。

「かしこまりました。
ただ…。」
麻衣が言葉を濁す。

「どうしたの?」
佑美が聞き返す。

「三河の動きには、注意された方がよろしいかと…。」
麻衣は答えた。

「三河か…。」
佑美は少し間を置いて、
「そうだね、その辺りは麻衣に任せるよ。」
と言った。

「かしこまりました。」
と返事をして、麻衣はその場を去った。


━━愛知県東部三河地区…。
現在は、あの今川美波の支配下に置かれている。
尾張と三河は隣接している為、いつ今川勢が攻め込んで来るかもしれない、緊迫した状況下にあった。
佑美は、尾張地区では喧嘩が強く、地区内の他校も従えてはいるが、美波と比べると規模が違い過ぎる…。
美波は文武など全てのステータスが高い、大名になるべくして生まれた女子高生、と言っても過言ではない。
佑美が大名なら、美波は大大名と言うべきだろうか…。
そんな美波が天下取りに乗り出した今、尾張が今川の手に落ちるのは時間の問題だ…。

東から今川勢が迫り来る…。

しかもこの時、佑美は岐阜県美濃(みの)地区の、斎藤愛未(さいとう・あみ)とも争っていた。
愛未は美濃地区の大名である。
しかも激戦区である美濃地区を、一人で統一した強者で、こちらも佑美とは格が違う…。
斎藤・今川…。
強敵に両側を挟まれてしまい、佑美は窮地に追い込まれた…。

《ぷるるる》
突然、佑美の携帯が鳴った。

━━携帯を修理中で、代替えの携帯の為、誰からの着信か分からなかった。

「もしもし。」
佑美が出る。

『突然の電話、悪いね。』
と、受話器の向こうで女性の声がした。

「━━その声は!?」
佑美が驚く。

『斎藤愛未だ。』
と、相手が答えた。

━━そう、岐阜県美濃地区稲葉山(いなばやま)女子高等学校三年、斎藤愛未である。
茶髪のロングストレートが似合う美少女だ。

『佑美に相談したい事があるんだけど、会えるかな?』
と、愛未が訊いてきた。

「━━分かった、何処に行けばいい?」
佑美が訊いた。

『富田(とみた)に、正徳寺(しょうとくじ)ホテルがあるよね?
そこの一階のラウンジまで来れる?
私もそこまで行くから。』
と愛未が言う。

「わかった。」
佑美は答えた。

そして、二人は会う約束をした。

━━美濃地区稲葉山女子高。
「愛未様、随分と場違いな場所を選びましたね。」
と、愛未の家臣(かしん)の一人が苦笑した。

この時代、小名や大名などの下にいる女子高生達は、家臣と呼ばれていた。

「そうかなぁ...。」
愛未が答える。

「はい、あのガサツな女の事ですから、喧嘩で返り血を浴びた、汚ったない制服で来るかも知れません。」
と、家臣が言う。

「まぁ、私が気に食わなければ、その場で捻り潰すよ。」
と愛未が言った。