「━━もう少しで上杉の陣だ...。」
と、山本優里は言った。

━━真夏軍の別働隊。
優里を大将に、四千人程の生徒が上杉一実の陣を目指して、妻女山を登っていた。

「━━優里様。」
と、傍にいた一年生の家臣が言った。

「何?」
と、優里は家臣を見た。

「━━やけに...静か過ぎませんか?」
と、家臣が言った。

━━確かに少し静か過ぎる...。

「...!?」
優里は嫌な予感がして、
「急ごう!!」
と、家臣を促した。

━━妻女山山頂...。
「しまった!!」
優里が言った。

━━そう、山頂に一実の軍はいなかった。
異変に気付いて、山を降りたようだ...。

「上杉の軍は?」
と、家臣の一人が言った。

━━ここにいないとすれば...。
優里は、川中島方面を見た。
霧が出始めて、更に薄暗くなっていた。

「━━真夏様が危ない!!」
と、優里は言った後、
「全軍、川中島方面へ降りて!!」
と叫んだ。


「━━薄暗くなって来たわね…。」
真夏が呟くように言った。

━━ここは、川中島の真夏の本陣。
「優里達は大丈夫かしら...。」
と言って、真夏は妻女山の方を見つめた。

《ぷるるるる》
真夏の携帯電話が鳴る。

「もしもし...分かったわ、気を付けて戻って来てね。」
と言って、真夏は電話を切った。

「どうかされましたか?」
と、家臣が訊く。

「妻女山に一実達がいないそうよ。
こっちに向かって来るかもね。」
と、真夏は答えた。

「全軍に、迎え撃つ準備をするように伝えて。」
と、家臣に告げた。

「かしこまりました。」
家臣は、その場を去った。


(真夏様、どうかご無事で...。)
優里はバイクを走らせた。
赤色のカワサキ・バリオス。
バリオスとは、ギリシア神話に登場する不老不死の神馬の名前である。
━━自分の策が失敗した。
軍師としてはあってはならない事...。
その上、真夏を討たれてしまったら、それは武田家の滅亡を意味する...。
優里は、それだけは阻止したかった...。


━━川中島主戦場。
一実の軍と真夏の軍が、激しく衝突していた。

(ここで終わらせる...。)
一実は木刀を片手に単身、真夏軍を蹴散らして突き進んでいた...。
一実は剣道二段の実力者である。
そうそう負けるはずがない。

━━あっという間に、真夏がいる本陣まで攻め込んで来た。

「春日山女学院三年、上杉一実である!!」
本陣に突撃した、一実が言った。

「躑躅ヶ崎女子高三年、武田真夏である。」
真夏は身構えた。

「信濃の平和の為...覚悟!!」
と、一実は木刀を振り下ろした。

《ガッ!!》
すごい音がした。

真夏が持っていたマカロンの木箱で、木刀を受け止めた。
そして、木刀を跳ね除けた。

再び一実が構えた時、

「待てーっ!!」
と誰かが叫んだ!!

一実と真夏は、声のした方を見た。
「躑躅ヶ崎女子高二年、山本優里である!!」
優里が立っていた。

「━━優里...。」
真夏が言った。

「真夏様は、私が守る!!」
と言って、優里は一実に飛びかかった。

決死の覚悟で突撃して来た優里に、さすがの一実も押され気味だ。

そして優里は近くにいた真田純奈に、
「純奈様、真夏様を連れて逃げて下さい!!」
と叫んだ。

「りょ、了解!!」
純奈は答えた。

「真夏様、参りましょう。」
と、純奈が促す。

「真夏様に...お仕え出来て幸せでした...。」
と、優里が笑顔で真夏を見つめた。

「な、何よ...それ...。」
と、真夏が言った。

まるで、もう会えないかのような言い方だ...。

「━━さぁ、真夏様。」
と、再び純奈が促す。

「ゆ、優里...。」
と、純奈に連れられながら真夏は言った。

「優里ー!!」
真夏は叫んだ!!

━━純奈が真夏を連れて行った為、もう本陣には優里と一実だけである。

「改めて...。」
優里は一実の方を見た。

一実は黙って頷いた。

上杉一実と山本優里...。
二人の美少女が向かい合っている...。

━━そこへ、

「覚悟ー!!」
と、二人のやり取りを知らなかった、一実の家臣が突撃して来たのだ。

「と、止まって!!」
一実は、家臣を止めようした。

━━しかし間に合わなかった!!

その家臣は、優里を討ち取ってしまったのだ。

「うっ...。」
と、うめいて優里が倒れた。

一実は、優里に駆け寄った。
「だ、大丈夫?」

一実が優里を抱き抱えた。

「武田家は...真夏様は...わ、私が...ま...守る...の...。」
と言って、優里は静かに目を閉じた...。

「━━山本優里...。
敵ながら...素晴らしい...女子高生だったよ..。」
と、一実は涙を浮かべた。

山本優里、高校二年生。
命懸けで武田家を守った、一人の美少女の伝説が、ここに刻まれた…。