音楽室を出ても、人気のない校舎はちょっぴり怖い。廊下を歩きながら少し考える。
なんで物は壊れるんだろう。
物は壊れる。壊れたくないのに、壊れる。壊される。壊されられる?わからないな。

シューズのパタパタ歩く音だけ。薄緑の地面は灰色の綿がそこらじゅうにいっぱいあった。まさか鼠とかいるんじゃないだろうね?一気に背中に寒気が走る。

はやく行かなきゃ。

「あ」
ばったり、試験管に会った。
彼はちょっと短気な質で男らしい性格をしていた。いつも学生服の上から白衣を着込み、黒い短髪は相変わらずだ。

「おう。どうした」
背丈のちっちゃい彼は、百五十センチ。見た目は十五歳くらいなので年相応といえばそうなのかもしれない。いや、ちっちゃいけど。
「ねえ。なんで物って壊れるの?」
「はぁ?」
彼の猫目がさらにつり上がる。眉間に皺を寄せてでかい声で返事をした。般若のような顔をしていたが、次第に落ち着いていき、ある一瞬から渋ったような表情を見せた。

「ピアノか」
「うん。」
殊勝な顔をして頷いた。そんな僕もろくに見ることなく彼はずっと向こうの遠くを目視していたらしい。ぼーっとしたような雰囲気で
「言っとくけど、俺もいつそうなるかわかんねえぜ」
と、彼らしくない浮わついた調子だった。
「そうだね」
「だけど、こりゃあ。壊れるってわけじゃないぜ。死ぬんだ」

その方が悲惨じゃないか。僕がすかさず述べる。
「そうか?死ぬってのはどこか遠くへ行くことなんだ」
「わからないよ」
「前に教えただろ。まぁ図書館の受け売りだけどな」
「ありがとう。わかった、思い出す」

彼と別れて走り出す。手を振ってばいばいした後。ここは四階だから早く下りてしまおう。そう思ってがむしゃらに廊下を駆けた。
窓から漏れる光はちらちらと廊下を照らしていた。その射し込む光の空間でこれまたきらりと埃がたくさん輝いていた。窓枠も壁も傷だらけでまるで僕たちみたいだった。

遠くで、バリーンと、破裂音がした。何が割れたのか、どうなったのか。僕はすぐに理解ができて泣きそうになるのを堪える。
思い出せ。
「試験管は死んだ」
だけど
「死ぬけど」
どこか、遠くへ行くんだよ。どこだ。
どこだ、どこだ。