歪な顔で真っ直ぐ笑う。
端っこの欠けた机、傷の入った木製椅子。
ぼろぼろに穴が開いて隙間から光の注ぐ淡い青のカーテン。
音楽室は静か。
大きなピアノ、上げ下げできる黒板や埃の被った戸棚。錆びてしまった楽器たちや折れた譜面台が、都会のクリスマスを思わせるほどの雑駁を作り上げていた。

「ここで、メトロノームを鳴らしたら
まるで心音みたいじゃないか」
君はそう言ってネジを巻く。真っ白なメトロノーム片手に同じような象牙色の指が金属部品を捻っていた。

それは確かに震音で、カッカッ、と響くリズムは本当に一定を保っている。♪=120は、体感的に僕にはすごく早く感じて
「早すぎない?」
なんて悪戯に口端を折り曲げた。
彼は知らんぷりをして針の動きに合わせて身体を揺らしていた。

時折、チーンと軽快に鳴る音が憎らしくてたまらない。彼はくすぐったそうな柔らかな顔で
「いいよ、もうすぐだもん。急がないとさ!
わかる?あと百回も合図があれば崩れていくさ」
と大袈裟に手を広げる。やはりにこやかで、だけどどこか寂しげな顔をしていた。

「嫌だよ、怖くはないの」
「怖いさ、すごくね」
「じゃあ なんで」
「わからない。運命なんだよきっと」

彼は首もとの細い線を引っ張った。伸びたテグスのようなものは、本体の命だと君は言う。
彼の目の奥がぼおっと揺らいで、落ちた雫は直線を描いて床に垂れた。

「やだなぁ」
彼が呟いた。極めてか細い小さな声音で。
「廃校舎?」
「んー。最後に歌でも歌っとく?」
「ううん」
かぶりを振る彼。
あっそ、と僕は鍵盤に触れた。
滑らかな白鍵は誰かの指の形に擦れていた。沢山の人が使い込んだ跡。
そこに指の先をあててポロン、と奏でた。
元の音を失ったズレすぎた響きだった。

同じようにどこかズレている彼は
「いい音だ」
なんて言って歌を歌う。

「edelweiss、edelweiss」

every morning greet me
small snd white
clean and bright
you look hsppy to meet me………

エーデルワイス、エーデルワイス
真白な花よ
清く光る雪に咲く花

香れ朝の風に
永遠に咲けと

エーデルワイス、エーデルワイス
祖国の花よ─────


『チーン!』

ちょうど歌い終わる頃だろうか。最期を告げるかのごとく、メトロノームが鳴った。さっきより甲高く聞こえた。


君が真っ白なセーラー服の煤けた裾を手で払う。何も言わないで幕を閉じるつもりなんだろう。

白百合が、かの花に扮装するよ。
壊れる前の学徒のなんと美しいこと。

色のない音楽室は、ピアノの心臓鳴る。
やっぱりちょっと早すぎたのさ。
「あっけないね」
木屑になり、僕の目の前には
何本もの糸が散らばる

さようなら、だ。