最初は、敵として見なされなかった。
足(尾)をバタつかせるだけで辺りを一掃し尽くすものに、人間(羽虫)など眼中にないだろう。
羽虫のように逃げれば良いものの、当たり前だが野々花はそれを良しとしない。
だからこそ、そいつの視界に入ってやろうと彼女は、建物が倒壊しないよう地上から天井までびっしりと幹を伸ばす大木を足場にした。跳躍し、幹に手をかけ足をかけ、蔦を振り子のように使い他の大木へ移り、更に上へと目指す。
肉体的強さはもとより、上へと続く“道筋”を見つける判断力と決断力。落下すればただでは済まない高さであろうとも進める精神力。どれをとっても、彼女は正に一級品であり、それらに拍車を駆けていたのはやはり。
「お前の敵はここにいるぞ!」
最上級 の(勝てる見込みがない)相手がそこいる。
挑まずしてどうするというのか。決まりきった結果を覆す材料こそが、彼女にとっての強さだ。
奇跡(デタラメ)を凌駕する奇跡(強さ)を見せつける。
赤目の複眼が彼女を捉えたが最後、そこは彼女の射程圏内。
「私を見なかった代償を払ってもらおう!」
複眼の一つに、刃が突き刺さる。
「ーー!」
今までの咆哮とは違う叫びは悲鳴だったか。頭を振り回し、突き刺さる刃ごと野々花を宙へ投げ出そうとするが、痛みによる反射的行動など予測済み。
野々花は既に刀の柄から手を離し、離脱していた。しかしながら、この高さ。どこをとっても死の着地点であるからにして、彼女は最小限の被害で済む不時着を選択した。
その代償が先の左腕。己から大木に激突するつもりで、避難した結果だった。
「く、はははは!」
そうして哄笑する。
己の本質が見出され、満たされていくようで、痛みごと全て愛おしささえ感じてしまう。


