「お手数おかけしました、図書館の方。皆、かわいいかわいいわたしに骨抜きなものだから手込めにしようと躍起ですの。脇役(それ)をコントロールするのが主人公の勤めなのだけど、今回はいつもと違って“おいた”が過ぎましたわ。ごめんあそばせ」

「……」

「あら、図書館の方でもかわいいかわいいわたしに骨抜きにされるのね。あなたにはお世話になりましたから、抱っこぐらい許して差し上げますわよ。なんなら、幼女赤ずきんとしておねだりしてあげましょうか。ーーふえぇ、お姉ちゃん。こわかったよぅ。だっこしてぇ」

「……、セーレさん」

「なんだい、雪木」

「これはいったい……」

なんだと、彼ーーセーレさんに語りかける。

「ああ、赤ずきんが君に抱きついているという苛つく光景が目の前にあるね」

「いや、そうではなく」

同性にでも嫉妬丸出しな彼では話にならない。これはドッキリですよーとネタばらししてくれる人もいなければ。

「赤ずきん……さん?」

「ええ、なんですの?」

「理解しました……」

現実を受け入れるしかない。そうだよ。見た目はかわいいかわいい幼女でも、実際のところ赤ずきんという物語は私が産まれる前からあったんだ。見た目と中身が一致していなくともおかしくはない。

赤ずきんちゃんもとい、赤ずきんさんから離れて、ことの次第を聞くことにする。

「ええと、今後、このような事態にならないための対策を講じたいのですが」

「さあ、どうしたものかしらね。今までならかわいいかわいい私の涙目上目遣いで、みんなをコントロール出来たのだけど今回の狼(ポチ)の暴走は予想外でしたわ」

「最近、狼さんに変わったことは?」

「わたしの知る範囲内でしたら、ないとしか答えようがありませんけど。でも、ポチに捕まった時、赤ずきんと結婚するとブツブツ話す傍ら、どこからともなく『思うがままにしろ。物語の先に行け』というポチの暴走を焚き付けるような声が聞こえましたわ。図書館の方々が来てからパタリと聞こえなくなりましたけど」

その赤ずきんさんの証言には、またかとしか言いようがない。

「絵本の住人の方々には注意喚起していることなのですが」と、一枚のビラを赤ずきんさんに渡す。

『渡す』と言っても、私がこの世界からいなくなれば消える物だ。絵本界『訪問』のルールにおいて、私たち(こちら)の世界の物は携帯出来るものならば持ち込み可だが、その携帯者がいなくなれば共に物語界から消える仕組み。

注意喚起のビラならば絵本界にバラまいてしまいたいものだが、そうも出来ないため図書館スタッフが要所要所にて物語界の住人たちに渡すようになっている。

怪訝そうな顔をしながら、それを読み上げる赤ずきんさんも風の噂で聞いたことはあるらしい。ああ、と声を漏らす。

「『そそのかし』という虫が、入り込んでる。ねぇ……」

「小指にも満たない小さな黒い虫でそれ自体に攻撃性はなく、普通の虫同様、簡単に駆除出来るのですが、名前の通り、その虫は人を『そそのかし』ます」

「もっとマシな名前にしてあげればと思ったのだけど、確かにそうとしか言えない虫でしたわね。声だけしか聞いてませんけど、上手く狼をそそのかし、物語そのものを崩壊しようとしたのだから」

「対応策としてはこの虫の声が聞こえたら耳を貸さない、ということしかないのですが……」

「無理ですわね。ポチのように決まられたストーリーに不服を持つ登場人物は多いでしょうから。それでもそれが運命だと受け入れているのに、『物語の先へ』だなんて、いったい何があるというのでしょうね」

うふふ、ともはや幼女とは思えない妖艶な笑みを浮かべる赤ずきんさんの目がセーレさんに移る。

「ああ、いけませんわ。平坦な物語(お約束)ばかりの毎日に飽きて、少しの刺激を求めてしまう。これではかわいいかわいいわたしも、『そそのかされて』しまいますわ。どこかにいい刺激を下さる方はおりませんか」

「自惚れるなよ、この世でかわいいのは雪木だ。現代において、立てば雪木、歩けば雪木、座る姿も雪木だな。ということわざが出来るほど雪木の愛らしさは全世界に知れ渡っている!」

「いやそれ、あなたの中で出来た言葉なあげく、ことわざの改竄しても、結局のところどれもただの私で当たり前のことですからね」

立とうが歩こうが私の姿はそのままなわけで、ともかく。